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プロダクト提供者とユーザーコミュニティの関係について

昨日,ある謝罪文書がXamarinコミュニティの主宰によって提示された.

ytabuchi.hatenablog.com

 私はこの文書を素晴らしい対応だと感じ,それゆえにXamarinコミュニティは長期的には良い形で続くだろうと考えている.しかし,コミュニティは脆弱ゆえそうとも言っていられない.特に,現状を見る限り,全てを解決したとは言えないのではないかと感じてしまう.今回はMSの社員が当事者となっている.しかし,彼女の対応はあまり良いものではなかったように見える.

 以下のことは私がいくつかのコミュニティに携わった経験を元にしている.故に全面的にぼかす.広報,パブリック・リレーションズやコミュニティ運営についてはいくつか教科書的なものがあるが,そのようなものとは関係ない切り口で話していきたい.もっとも,それなりに読んでいるので影響はされているかもしれないが.

ユーザーコミュニティの意義

 特にソフトウェアの世界では,ユーザーが自発的にあるプロダクトについて知見を共有したり盛り上げたりするコミュニティを形成する場合がある.消費者として,またはある仕事をする上でプロダクトを使う枠を越え,様々な利害関心をもとに,集まることが良いと考えて集まり,交流する.それは善意の現れである.ソフトウェアのコミュニティと言うとオープンソースと関連付けられるかもしれないが,プロダクトのコミュニティそのものはそのさらに前から存在した.DECのユーザーグループは1961年にできた

 ユーザーコミュニティでは,プロダクトを提供する企業ができないことや,ユーザーが個人として,組織人としてできないことをすることができる.自由な集まりは様々な問題を解決する力を持っている.その力は企業,ユーザー双方から認識されており,時には企業がユーザーグループを組織する場合もある.

ユーザーコミュニティは脆弱である

 一方で,コミュニティの最も良い点が自由な集まりに由来するとして,最も悪い点もまた,自由な集まりであることである.コミュニティには様々な人が集まり,そのほとんど,もしくは全員が組織に拘束されていない.その中では揉め事も起こるし,ある個人が問題を起こす場合もある.そして,突然のクリティカルヒットによって,あっけなくコアメンバーが抜けて消滅したり衰退する場合すらある.人の善意は脆い.

 まともな「組織」に近づけることでこういった人に起因する問題を解決し,持続性を持たせることも多い.しかし,それは多くの場合自由を制限してしまう.そうなると,コミュニティがもともと持っていた良さや能力を損ねてしまうことにもなりかねない.できれば自由は確保したい.しかし問題は起こる.自由を損ねないように解決する方法はないか.そういった葛藤にコミュニティは常に悩まされることになる.

企業というパートナーと圧力

 プロダクトに関するコミュニティの場合,プロダクトを提供する企業との関係は常に問題となる.企業は,ユーザーコミュニティの存在を(少なくとも形式上は)好感をもって見ている.しかし,ユーザーコミュニティは企業目線では,制御できない,たまに抵抗してくる厄介な存在でもある.また逆に,ユーザーコミュニティから見ても企業はその自由や自律性を損ねる害悪となる場合がある.つまり,互いに良い関係を築いていくことが重要だが,それは難しいということになる.

 基本的には,企業とコミュニティの関係にとって重要なのは,それぞれが最も重要だと考えていること,そして自分たちの独自の領分としてやっていることを損ねないことである.企業にとっては無茶な要求をされないこと,プロダクトに対する悪いイメージを喚起させないことなどがこれにあたるだろう.コミュニティにとっては,それぞれがやりたいことができる自由,自分たちのことは自分たちで解決する自治などがこれにあたるだろう.

 私の経験から言えば,多くの場合は企業がコミュニティの領域に圧力を与えてしまうということの方が起こりやすい.例えば企業とコミュニティで同じことをやろうとしていた場合,企業が潰すということはある.また,コミュニティ内部の決定に不服だった場合,企業が一方的に決定をする場合もある.そういった場合,コミュニティの活動は制限され,その能力を損ねてしまう.

 特に,人間関係に関することに企業は口出しすべきではない.それはコミュニティの最も脆弱な部分だからである.

ちょまどさんの発言の何がまずかったか

 基本的に,ちょまどさんはMSの社員(エヴァンジェリスト)という立場で本イベントに参加している.その上で,事実上本人のアカウントが準公式的な扱いを受けているにも関わらず,そのアカウントで注意深い発言がされていたとは言い難い.以下にいくつかの問題点を挙げる.

1)問題が起きた場合に個人のレベルで指摘するべきではない:私がまず問題に思ったのは,件のスライドに対して,作ったのは自分ではないと公言したことである.だとしたら誰が作ったのかという問題になり,さらにはそれを発表することを許したコミュニティの問題にもなってしまう.

 しかし,これはあくまでまずコミュニティ内部で議論して方針を決めるものである.「スライドを作った人がちょまどさんに対して不利益になる発表をした」ことを,事実上企業の広報として強く機能しているアカウントで公言するとなると,その個人,さらにはコミュニティの意思決定プロセスに企業が影響を与えることになってしまう.

 確かにちょまどさんは極めて問題のある扱いを受けた.しかし,彼女を守るのは,会社員としての活動として見るなら企業であり,コミュニティの参加者として見るならコミュニティである.なぜそれらに任せず独断で情報発信を行ったのか.これは問題を大きくするだけではないのか.もちろん,最終的にはハラスメントを個人間で解決することは可能である.しかし,組織があるならそちらに任せて自身は慎重になるべきではないか.

2)法務に相談したことを公言したこと:どこかで法的措置が行われたらコミュニティにとっては存続の危機になる.今回騒いでいた人々がコミュニティのメンバーとは限らない.しかし,大企業の法務部は強力な権限を持っており,出てくればほとんどあらゆる要求が通ると言っても過言ではない.そうなっては自治も自由もない.それを匂わせるだけで危険である.

3)説明をせず曖昧な情報発信に終始したこと:広報の重要な役割は情報発信である.今回,Xamarinコミュニティを色眼鏡で見る発言が様々な人々から寄せられた.それに対して,適切に経緯を説明して自身のみならずコミュニティを悪評から守ってやることもできたのではないか.例えば,「ハンズオンでのスライドが問題になっていますが,JXUGの方々と相談しながら対応しています」などと言えたら状況はだいぶ変わったと考えられる.もっとも,それをするかしないかは企業の意向によるのだが.

結論

 ちょまどさんの一連の言動は自己弁護に徹しているように見えた.本人が完全な個人として参加していたのならそれは適切である.しかし,MSの社員として参加し,MSやJXUGといった問題を解決できる主体が様々に存在する中で,それらへの影響を考えず様々な問題のある発言を自由にしていたのはどうなのだろうか.今回は社に相談するような方向性が適切ではなかったのかと個人的には思う.そのような,十分なサポート体制,もしくはこういうことがあったら相談しようみたいなガイドラインは社内にあったのだろうか.

 ちょまどさんが独立してパーソナリティを発揮しながらエヴァンジェリストとして活動していることを,MSは認めているように見える.また,それは一定の成果を上げてきたように思える.しかし,問題が起きた場合の対応なども個人にまかせてしまっては,ちょまどさんも1人の人間であるので常に適切な対応ができるとは限らない.社員として参加したイベントだとしたら,独断で動くようにするのではなく会社が適切なサポートなりをするべきではないか.

 ちょまどさんはXamarinコミュニティに限らずKOFで発表するなど様々な場所に活動を広げつつある.その中で,現状を見る限り,他の場所でエヴァンジェリストとしての活動や,その社内体制に起因する問題が起きないという保証はない.そして,それは私が少しでも関わっているところかもしれない.

障害とできることと足手まといについて

障害者になりました

 ある人の持つ医学的に理解された特性が,社会において問題となる時,その人は障害者であると言うことができると思う.相当に素朴な定義であるが.

 その意味では,私は「発達障害」と診断されながらも,実際に障害者となったのはここ最近である.それまでも,周囲の温情を賜りながらなんとか暮らせてきた.しかし,様々に状況が変わり,様々な問題を起こし,もはやそういうことを言える場合ではなくなったのだ.それゆえに障害を表に出し,障害者手帳を申請した.つまり,社会的に「障害者になる」ことを決めて実行したのである.

 今現在の印象では,障害者前と障害者後では,生きる厳しさはあまり変わっていない.「発達障害に起因する問題にどう対処していくか」ということについては,良い医師や良い友人に恵まれ,前々から議論して実践してきた.そして,障害者として自己呈示していようがいまいが,同じ状況では同じ問題が起きていただろう.特にデスマーチにおいては,健常者ですら大きな問題を起こす場合がある(もっとも今回は,客観的に見ればコミュニケーションに大きな問題は生じていたものの,状況そのものはデスマーチではなかったと考えられるのだが).

 どちらかと言うと,私が「障害者になる」ことによって,できることとできないことが変わっていくことへの不安がある.私は1年半エンジニアと博士課程の二足のわらじを履いてきた.これには強い動機がある.

障害者は絶えず能力を伸ばし寿命を伸ばさなければならない

 障害は社会との関係の中にあるため,歳を経るごとに,特にコミュニケーションに関するものを持っていると自動的に選択肢が狭まっていく.一般に歳を取れば取るほどコミュニケーションとその能力の必要性は高まる.それについていけなくなるのだ.そして,それがある境界を越えたら,そこが寿命である.

 しかし,私は少しでも長生きしたい.そのためには,自分ができることを常に考え,新たな領域に進出したり技を磨いていく必要がある.能力によってコミュニケーションを代替できはしないが,能力がなくて必要とされないのに比べたら,能力があって必要とされる方がコミュニケーションは圧倒的に楽になる.

 ゆえに様々なコミュニティに所属するに飽き足らず,博士課程に進学した.しかしながら,博士課程は1つの組織であり,引きこもって論文さえ書いていれば良いというわけではない.平均して会社のドライなコミュニケーションよりも厳しかった.ましてや二足のわらじである.そのうち大きな問題を起こしてしまうのではないか.その予想は,1年半後に当たってしまった.会社で厳しい状況になり,それが大学の活動に直撃した.それが,「障害者になる」ことを決めた第一の理由である.理不尽なことは個人に降りかかる.そして,その責任は個人が取らなければならない.

前に進むことと穏当に生きることの葛藤

 当たり前であるが,自主的に何かの能力を身に着けようとするのは負担になる.障害者には特に,葛藤に見舞われることになる.普通に生活していても問題を起こすのに何で余計なことをするのか.やらないほうが良いんじゃないか.それは確かにその通りだ.しかし,健康な人は↑に上げたような能力や分野を開拓していく切実な理由をわかってくれない.

 この二重の葛藤が,自分の首を締め付ける.私は胸を張って前に進んでいける人間ではない.しかし,前に進まないといけない事情もあるのだ.足手まといになっているのはわかっている.しかし,将来足手まといにならないために,今できる範囲でもっと足手まといになる必要がある.しかし,その結果大きな問題を起こしてしまうとしたらそれはどうか.だめに決まっている.

明らかになったもう1つの障害

 さて,様々な問題を起こしてしまった原因と,そして↑で書いてきた文章の中に共通点がある.私は基本的に人に頼らないで自分で問題を解決しようとする.いや,もっと精確には人に頼れないのだ.それは基本的には発達障害の中には含まれていない問題点である.そこで医師に指摘された.幼少期から今に至る家庭環境が,人に頼ることの障壁になっているのではないか.いわゆるPTSDである.

 私の家庭環境については,前の記事をみればある程度は厳しさをわかってもらえると思う.私には両親祖父母はおらず,天涯孤独に近い.祖母を看取った時は大変だった.そして,10歳から20歳までの10年間,母親の病気によって虐待に近い扱いを受けてきた.これを話したところ,医師はだいぶ前から何か精神的なものが残っているのではないかと指摘していた.その「何か」が大きな問題が起きることによって初めて明らかになった.

まとめ

 今まで客観的に問題に取り組んできた.取れる責任は取り,自分が障害を持っていてもやっていけるように様々な交渉を行ってきた.そして,その過程から新たな病気が見つかった.発達障害は脳の器質に起因するが,PTSDは治りうる.それはある意味で希望であるが,今の段階では治るめどは立っていない.

 ここで主観である.私が何も感じていないわけがない.正直言って辛い.しかし,私が足手まといになっているという意識はあり,辛さを相談することもできない.最近「暗闇に閉ざされている」という表現をよく使うようになった.もしかしたら,何もせずに何の責任も取らずに寿命が来たほうが良かったのかもしれない.

「よくわかる人工知能」書評

id:shi3zさんの「よくわかる人工知能」を購入して読んだ.

 

 

本書は

  • 現在「人工知能」としてクローズアップされているものが,主にニューラルネットワーク,及びそれに応じたQ学習の拡張であり,その拡張はニューラルネットワークが適合する範囲を根本的に拡張した
  • それゆえ,ある特定の分野に特化したものではなく,一般的なパターンの入力に対して成果を出すことができる
  • ハードウェアの進歩,大量のデータの蓄積がそれを後押ししている
  • その中には,即座にビジネスに応用できそうな事例も複数ある
  • オープンに利用可能なプラットフォームが存在する
  • その先にもっと高度な知性を目指す汎用人工知能などのアプローチがある

ということを明晰に述べている点で,現在社会に流通している人工知能像を十分に描いていると言える.この中で腑に落ちない点があるなら今すぐ購入すべきだろう.ただし,本書はほぼ良い成果の面についてしか述べていないため,今の人工知能のアプローチには出来不出来があり,「何に対しても十分に対応できる」というほどの完成度や可能性はないということについては留意すべきだろう.

一方で,これらの人工知能が人にとってどういった位置づけになるかどうか,という点については,慎重な議論をすっ飛ばした視点に立っているように見える.要は人工知能の進歩は個別的に何ができたとかは凄いと思うかもしれないが,それを社会全体の大きな変化と捉えるのはちょっと飛ばしすぎてないか,と考えているのだが,これはshi3zさんの個性による部分もあるし,私個人としても「嫌」な感情を覚えたに過ぎないので,これについてはだらだらと印象を語ることにする.

まとめると,shi3zさんは人工知能の進化について以下のように説明している.現状では,ある程度一般化,パッケージ化はされているものの,人がデータセットとタスク,詳細なパラメータを与えてその中で学習していくということが行われる.それが,人間の行うパラメータ調整なども人工知能がやるようになり,さらにタスク設定や人がどういったタスクを求めているかの理解まで((汎用人工知能)人間以上にうまくやるようになる(人工超知能),というような筋書きである.これを非常に社会に大きな影響を及ぼすものとしている.

別にまあ人工知能はうまくやるようになるし,うまくやれる範囲も増えていくと思う.ただし,ここに取り残された議論がある.本書でされているのはあくまで技術の進歩の話で,技術が進歩するに従って実際の生活にどういった影響を及ぼすかについての議論がないと,それらが本当に「我々にとって」凄いものなのかという指標がなくなってしまい,さらには最後に言及されている「知能革命」といったことが人類に起こるかどうかもあやふやになってしまう.

例えば,本物の人間とどうやっても区別できない人工物がそこにいたとしよう.正直,人間と変わらないし,人間はどこにでもいるので,大したことはないと思う.また,例えば仕事において全局面で支援してくれる人工知能があったとする.私はそれを自分が理解できる範囲でしか理解できない.そもそも,今作業しているPCで何が行われているか,概略は示すことができるが常に全て意識しているわけではない.その点で,つまり今起こっていることがどんなに高度でも,日常で生活を送る際は大して理解していないという点では,人工知能が凄まじい進歩を遂げても大きな変化はないと思う.

私は正直に言うともはや90年代に戻って生きていける自信はないし,さらに前についてもそうだ.それくらいここ20年で起こった技術的進歩は私にとっては大きい.私にとってその程度の技術による社会の変化は既に起こったのだが,それは非常にゆっくりとした変化で,ある日突然すべてが変わったような体験はしなかった.例えばスマートフォンを2004年から使っているが,そこからここまで生活に浸透するまでは時間がかかっている.どちらかと言うと親が亡くなったとかそういった社会的側面の影響のほうがはるかに大きい.

また,人工知能が進化していって最終的にいわゆるシンギュラリティを迎え,人間にやることがなくなるというのも,そこまで大きな変化か?と思う.先に述べたとおり人間は自分の理解できる範囲で適当に物事をやっているだけなので,それは基本的には変わらないのではないかと思う.もし人間があるタスクをするために生きているとしたら(それをやって金をもらえることもある),それが全面的に人工知能をやることはまああるだろう.また,今私がやっている作業の中でも,意識はしていないが,クソだるい作業などは計算機に相当程度代替されているだろう.しかし,別に自分で何かやることを見つけたりそれを誰かとやることは,なくなるわけではないと思う.また,やることを探すのに人工知能が関与していたとしても,それは人工知能に使われているとは感じないと思う.

だとしたら,人間が知性と呼んでいるものに関わる技術が進歩したとして,またそれが世の様々な厄介事を解決して生きるのを楽にしたとしても,それは人間にとってはその時代なりの生活があるというだけなのではないか.その意味で,何か決定的な転換点というのはなく,あくまで今の生活の延長線上に新しい生活があるのではないか.

その意味で,「人工知能がこんな風にすごくなる!乗るか,それとも乗らないか?」というのはあくまで技術的なステートメントで,それ以上ではない.それを凄いぞと吹くのは技術者としては確かにわくわくするが,それで人間のあり方がガラッと変わるというのはないんじゃないかなーと思う.

だんだんグダグダになってきたが,要するに私が感じている嫌な感覚というのは,「近年の人工知能の進化はすごく,社会はその影響でこれまでになく大きく変わりつつある.我々はそれに対応しなければならない」という種類のアジテーションに対してである.情報化社会に関連して,そのような言い方は常に形を変えて繰り返されてきた.そして,確かに私が90年代に戻れないと感じるくらいの速度で情報化社会は変わってきたが,今現在私は普通に生きているし,人工知能によってストレートに「全く違う世界」になるということはない.その意味で,人工知能の入門書としては,頭を冷やしたほうが良いと思う.

俺のレールと人生について

「レール」という言葉をきっかけに男たちが人生について語っている.

大学院在学中にレールに乗ったまま起業した話 - chokudaiのブログ

本の虫: レールに沿わない人生を送っていたら、未だにレールに乗れていない人間のお話

俺もちょうど人生の節目が来ているので,人生について語るとする.全部入りは初めてだと思う.

良かった頃

 俺は1985年,東京葛飾に産まれた.出産は東京女子医大だったと思う.柴又ではなく立石なので寅とは関係ないが,様々な場所に出入りして女性と出会い,別に何もせず「こういう女性っていいな」と思いながらその後会うことはなくなるというのを何度かやっているため,寅の精神,スピリット・オブ・トラは継いでいると思う.

 小学校3年まではまあ凡庸だった.父親は電話設備の会社をやっており,光ファイバーを引ける数少ない人物として重宝されていた.給料も良かった.母親は重度のてんかんで何度か死にかけており,俺が小学校2年の時にいよいよ死ぬ可能性が高まったため,当時治験中のVNSという迷走神経を刺激して発作を止める装置を入れた.結果が医学論文にイニシャル付きで掲載されているのを数年前にインターネットで見たが,なくしてしまった.VNSは「安全だ」と言われているが精神に悪い影響を及ぼすようで,母親と同じ時期に装置を入れた人間は死んだり狂ったりしてしまった.その時期父親が何を狂ったか銀座のクラブにはまり,借金を5000万ほど作った.家には大量の督促の電話が届いた.

成績は良かったが家庭は壊れていた

 結局駄目になり,母親と東京中野の実家に夜逃げした.父親とは1年後に離婚した.この時小学校4年であるが,中野に受験塾の四谷大塚の本校があり,入塾試験を受けたら俺がとても偏差値の高い人物だということが判明した.それから母親の頭に火が付き,しかし金が無いため過酷な自宅学習を受けた.朝食前に覚えてもいない漢字テストをやらされ,当然できず,怒られるところから始まり,夜は1問間違えたら延々と怒られ,怒り疲れたら寝るというありさまだった.それでも俺は信じていた.良い中学に行って良い人生を送れるということを…

 開成と筑駒と城北を受けた.城北だけ受かった.城北も悪くないところである.行けば良い人生を送れるだろう.しかし母親は言った.金がなくて私立には行かせられない.結局,区立の中学に行った.そこが周辺でもっとも荒れた中学だということを知ったのは10年後のことである.中学が始まった直後,祖母と母親と俺で暮らしていたのだが,祖母に2000万の借金があることが判明した.いろいろ揉めた結果追い出されることはなくなった.その冬,母親が俺の受験と祖母の借金でいよいよ疲れたのか,狂った.なんだかよくわからないことを言いながら徘徊する生物となり,とりあえず救急車で東京女子医大に搬送された.緊急なれど病床がなかったため手術室に寝かせたら,手術道具を全部壊して帰ってきた.俺に「お前は馬鹿だから最初から教えないといけない」と言われ「あいうえお」から教わった.

 俺はぐれた.ホームレスになり,タンポポを食べたりして生き延びた.半年後帰宅した,精神科の治療が効いたのか母親は割とまともになっていた.俺は原宿の代々木ゼミナールの授業料を免除され,高校受験を目指すことになった.インターネットを始めたのもその頃である.正直,受験は嫌になっていた.もらった夕食代を全部インターネットカフェに使い,代ゼミでは授業の最後の10分テストが出席を兼ねていたため,それだけ受けて帰っていた.10分テストの成績は1位だったが,新しい生徒が入ってきて2位になったので1位を取り返した.

 高校は東工大附属に行った.中学から「お前ADHDだろ」と言われたことがあるし,突然ブチ切れたり精神が不安定なのは自覚している.規則にも従えないし時間も守れない.だったら校則のほとんどない学校に行けば良い.高校では定期券が秋葉原を通ったため秋葉原に毎日,週8で行ったこともあった.高校自体については以下を参照.

niryuu.hatenablog.com

 東工大附属は凄く,どんなにブチ切れたり問題を起こしてもテストの結果さえ良ければ良い成績が取れた.このため,推薦で電通大の情報通信工学科に進学した.

人生が駄目になったので死ぬつもりで社会学

 大学入学後1年間は割りと普通の理系大学生をやっていたと思う.成績は上の下程度,オタサーの姫もいたし,駄目な人間もいた.1年後,母親がVNS装置のもたらす負担についに嫌になって,装置を外してもらった.その1ヶ月後,亡くなった.俺は大丈夫なように見えて徐々に弱っていった.2006年6月2日,必修科目「情報通信工学実験A」を落としたのが決まった.いわゆる留年である.

 完全に理系への自信をなくしていた.もしかしたら情報工学科でプログラミング言語論や計算論などをやっていたらそれなりに才能を発揮できたかもしれない.しかし,情報通信工学科は電子工学を含む.そこはからっきしだったのだ.もっとも,そういったことは些細なことである.その頃「べき乗則とネット信頼通貨」というコミュニティに所属しており,そこで社会学の重要性を教わって独学を始めた.やるべきなのは,面白いのは,社会学だ.社会学をやる.電通大には人間コミュニケーション学科があり,そこで社会学の文献を読んでいる情報経済論のゼミがあった.転科は2年次でしかできないので,3年次編入学試験を受けた.鬱で昼間外に出られないのと,金が無いので,夜間にした.夜間で合格は俺だけだった.情報通信工学科は退学したので,留年ではない.

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 人間コミュニケーション学科は良い学科で,教授も素晴らしく,無事卒業できた.途中で発達障害と診断され,今に至る.その後,社会学の一分野たるエスノメソドロジーに人生を賭けるべく,埼玉大の文化科学研究科の修士に進学した.埼玉大ではヒューマンコンピュータインタラクション,特に当時流行っていた拡張現実感技術がどう人に使われるのか,もっと言えば空間というものがどう会話や身体的相互行為によって扱われるのかを研究した.ここも素晴らしかった.しかし,自分で決めた研究テーマだったし,コードも書いて社会学的分析もしてというのは難しかった.その時の経緯はここにまとめてある.

d.hatena.ne.jp

追記:この記事の段階ではまだ研究は終わっていなかった.あと1回実験をやり,そのおかげで空間というものを人がどう理解しているかについての深い洞察を得て修論は完成した.遅きに失した部分はあったが少しは光明は見えていた.研究については情報処理学会にて発表をしようとしたが,当日に嫌な予感がしてサボってしまった.2011年3月11日の話である.

社会学は厳しかった,しかし社会はもっと厳しい

 正直俺には研究は向いていないと思った.修士2年の5月,オープンソースSNSの会社でバイトを始めた.将来そこに就職できたら生きることはできるだろう.そして修士修了直前の1月,海外のスタートアップのCTOを探しているという話があり,おっCTOと思って飛びついてしまった.その結果は以下のとおりである.

niryuu.hatenablog.com

 まあこのことは置いていこう.修士を出てCTOとして破滅して9ヶ月間は曖昧に過ごした.オープンソースSNSの会社に出戻ってバイトをやったり,映像配信機器のテスターをやったり,Android開発の先生をやったりした.2012年の3月,いよいよ金が尽きそうになった.1月に今の社長と最先端のコンピュータビジョン技術をiOSに移植する単発の案件をやったのだが,それが良かったようで今の会社の正社員となった.正直正社員などできると思っていなかったが,勤務先自由,完全フレックスという破格の条件である.また,基本的には地理情報に関する経路探索などのアルゴリズムの研究開発ということだった.できるかもしれない.

 入社したところ,研究開発はなかった.案件を3つやって,3つ目で俺特有の人とのコミュニケーションで負担を感じたり悪意を感じやすい性質と,ブチ切れてしまう性質が発してしまい,案件から離れることになった.1年間自社サービスを作っていたがどうも成果は出ず,申し訳ない気持ちになった.そんな中,社内での人のリソースが足りない状態で難しい技術が必要な案件が始まったので,「できるかどうかわからないがやってみる」と決意し,案件に戻った.

俺,どうなってしまうんだろう

ここからの人生はいろいろなことが錯綜する.

 1つが実家の壊滅である.2013年,叔父が脳卒中心筋梗塞をやって働けなくなった.バブル期に借りた金が億単位の借金になっており,それがまだ少し残っていた.祖母が連帯保証人になっていた.このままでは家がなくなってしまう.俺は稼ぐために本業の他にフリーで案件をやった.デスマーチを1つ引いてしまい,とてもひどかったのでスライドにした.一部の人々には見せているがまだ公開できない.その後,叔父の妻が亡くなって死亡保険金で借金は払えることになった.その数ヶ月後,祖母が倒れた.脳卒中だった.このあたりについてはあまり書きたくないのでリンクを貼る.

niryuu.hatenablog.com

niryuu.hatenablog.com

 1つが博士課程進学である.案件から離れた次期に,日本社会学会の大会があった.そこで知的に興奮し,才能はないが研究は続けたいと思った.数年間ゼミに潜らせてもらった.その途中で実家が壊滅した.資金面や生活面(介護)などで強い制約を受けてしまったのを経験したため,人生でやっておきたいことがあるなら今どんなに無理をしてでもやるしかないと思った.ちょうどその時今の教授が院生を取れるようになった.今しかない.今度は慶應義塾図書館・情報学の院に入学し,社会学をやっている.社会人院生でまた多少難しいテーマをやっているため苦労もあるが,今度の学会発表はうまくいきそうだ.良い師に恵まれていると思う.

 そして仕事である.案件は3年目を迎えた.案件の進行上,最先端の技術だけをやるわけにはいかず,どうしても顧客とのコミュニケーションが必要になる.また,この案件はマネジメントが難しい状態になっていた.正直,社会人院生のためデスマーチに巻き込まれるのは勘弁して欲しい.その思いから常に気が立っており,状況を悪く捉え,顧客とのコミュニケーション上の新しい技術なども導入したが限界が来てしまった.今年の9月16日,これ以上は無理ということで案件から離れた.やはり俺には案件は無理だったのだ.

 今,絶望の中で,学会発表の予稿の合間にこの文章を書いている.今後どうなるかはわからない.最悪のケースを考え,今年2月に休職した際の傷病手当金の期限を計算した.また,失業保険が障害者の場合300日まで延長されるということを知り,障害者になれば博士課程3年までもつということがわかった.その上で会社でできることを探していくことになる.社長はこんな俺にもまだ能力が高く,可能性があると言ってくれている.

結論

 俺にはchokudaiさんのような才能はない.しかし,それでも良い人に導かれればそれなりのことができるし,そういう意味でのレールというのは素晴らしいものだと思う.また,俺は江添亮が嫌いであるが,結局運だということについては同意する.それを踏まえた上で,レールに乗るか外れるかなんて考えていられる時点で,恵まれているということをわかってほしい.

技術者について

明日が技術者としての最後の仕事になるかもしれないので,ここで私が知った技術者というものについて書く.
 技術者は,少なくとも現在存在しないものを作る.このため,最初の段階では作る道筋すらない場合もあれば,試行錯誤を繰り返しても条件を満たすものができないこともある.見かけ以上完成したものがあったとしても,それが問題点をはらんでいると思われる限り,完成だということはできない.そのようなことを全て考慮して始めて納期などを設定できる.
 このため,我々は常に現実的に実現可能なものにしか関わることができない.他の職業の方々なら好き勝手に物事を語ることもできるだろう.しかし我々の世界は狭く,自分が進んできた,手の届く道を手探りでやることしかない.所詮技術者は無力な人間である.
 このため,好きに物を言える立場の職業から比べたら技術者は下等な職業であり,下賤である.無力な我々は他の職業の方々から批判をされ,不満を告げられ,罵倒されるのが当然である.我々は自らを誇らない.社会の中で泥をかぶり,その無力さに蔑まれ,その結果何を得ることもない.我々は自らを誇らない.

「〜は死ぬべき」に対抗するのは「〜は生きていて良い」ではないと思う

今回の虐殺事件は,様々な点で人間の心をえぐり出すものだったと思う.

 私もいくつか思うところはあり,なんとか抑えていたところもあるが,いくつかの記事を読んでこれは看過できぬと思い記事を書くことにした.

zen-iku.jp

zen-iku.jp

d.hatena.ne.jp

 これらの声明や記事は実際にこの事件に関わる大きな社会課題に取り組んできて,その意味で強い主張で発信している,これは非常に重要なことで,物事を進めていくために彼らのような意志をもってやっていくこと,またそれを実際にやっていることには敬意を表する.

 しかし,この主張ははがゆい.

障害のある人一人ひとりの命の重さに思いを馳せてほしいのです。そして、障害の有る無しで特別視されることなく、お互いに人格と個性を尊重しながら共生する社会づくりに向けて共に歩んでいただきますよう心よりお願い申し上げます。

http://zen-iku.jp/wp-content/uploads/2016/07/160726stmt.pdf

 

 「障害」に伴う困難は、たとえ重複障害であったとしても人間のすべてを覆いつくすわけではなく、解消不可能なわけでもない。多くの人たちから支援を受けて、社会のあたたかさを感じながら(しばしば裏切られながら)みんな喜びも悲しみも経験していく。絶望を経由して得られた夢や希望だってある(もちろん本人と家族とでは違いがあるだろうけれど)。

「障害者」のリアリティをもって抗いたい - lessorの日記

 これらは,恐らく実際に障害者の尊厳を守るために戦い,少しずつでも幸福を目指せるように戦ってきた人々の,生の言葉であると思う.しかし,だからこそなのだが,障害者を「外から支援する立場」から逃れることができない.つまり,今回の事件が浮き彫りにした「障害者は死ぬべき」というテーゼは,障害者を支援する人以前に障害者自身が抱えている問題でもあるということを,見過ごしてはいけない.

 現代は「死にたい」と思いやすい時代であると思う.生まれ持ってもしくは後天的に障害を持ちながらも,もしくは健常者でも経済的社会的に追い込まれていてもなんとか生きている友人は多い.私もその一人だ.そして,幾度となく死にたいと考えてきたし,死にたいと告げられたこともある.インターネットはそういった発言で溢れており,そのうちのいくつかは本音だろう.

 「普通」,死にたいと言っている人間は病気として診断され,精神科及び心療内科に通うことが適切とされる.一方で,何が死にたいと思わせたのか,その原因については,医療の範疇でなく,精神科が解決できないことが多い.人は「どんな状況でも生きていて欲しい」とよく言う.しかし,実際に厳しい経験をしている人の視点で見るとなかなか簡単にはそう言えない.

 その中で,誰かと助け合いながら幸せを目指すことは,認められるべきで,誰かに侵害されるべきではない.一方で,障害者についても健常者についても,今当事者が死について考えること,さらには死にたいと考えていることについてもまた認められるべきであり,誰かに侵害されるべきではないと考える.

 これはつまり,「あなたたちは幸福になって良い」「あなたたちは生きていて良い」という言葉もまた過剰な言い分だということを意味する.支援者が支援をする際に,当事者と共有して守っていく最も大切な命題であるとは思う.しかし一旦その外に出ると,「死にたい」と思わせる要素が溢れている手付かずの現実世界が待っている.そこでは,これらは単なるきれい事であるだけでなく,死について考えている人にとっては暴力にすらなる.

 結論として,誰かに安易に「死ぬべき」というのが適切でないと同時に,誰かにその個々の生きていることを考慮せずに安易に「生きること」を推奨するのも適切ではないと思う.まず守られるべきなのは,どう生きるかは自分が決定することで,その中には死ぬことを考えることも含まれるということである.そうでないと「死ぬべき」という攻撃的な主張と向き合うことはできない.

 「実際に死ぬ」ことまで含めて自由なのか,これは難しい問題なのでコメントは差し控える.ただし,我々は皆強制的に産まれさせられた.また,今回の施設において被害者の方々が「どう生きるかを決定できる知性があるかどうか」についてはわからない.そうでない場合決定は難しくなる.私は,祖母が事実上植物状態になった段階で,家や生活を守るために延命治療を拒否した.親族で概ね結論は決まっていたが,誰も言い出せなかったから俺が勧めた.これについては未だに悩んでいる.

発達障害として育っていくことについて

以下は体験に基づくものであり,何ら裏付けはないものなので単に書き留めておく.

 はてなブックマークの新着エントリを追っていると,それなりの頻度で「ママブログ」「子育てブログ」に遭遇することがある.その中で子の発達障害をテーマにしたものが,目につく程度には見られる.具体的な言及は避けるが,これらを読んで感じる違和感というものがある.

 発達障害に関するブログ記事の基本的なテーマというのはこういったものだ.

  • 普段の生活や学校でどういった問題が起きたか
  • 医師とどうやりとりをしたか
  • 特別支援学級に入れることも含め,学校でどう支援の交渉を行ったか

 これらを読んで,私が育った頃に比べたら,非常に手厚い支援が受けられるようになったとは思う.親,医師,学校など組織が一丸となってちゃんとした理解をし,支援していくというのは私のころはなかった.また,例えば2人子どもがいた場合障害の重さによって普通学級と特別支援学級に分ける(これである程度ブログが特定できてしまうかもしれないが)といったように,特性に合わせた支援も行っているようだ.

 しかし,これらの記事を読んで,何か子どもが育っていく上での重要な視点が潰されてしまっているのではないか,というのを漠然と感じる.支援体制が整っていくということは,裏返せば自分の人生の一部を支援体制に任せるということでもある.そこで,何か大切なものを親や学校の都合で簡単に売り渡したりしてはいないか.

 障害を含めて「自分に何ができて何ができないか」という問題は,子ども自身が学んで認識していく問題でもある.その上で自分のライフプランを組み立てていく.逆にそれができないと教育が成ったことにはならないと思う.その上で重要なのは,「何ができて何ができないかということを,試行しながら学んでいく自由」と「ライフプランを自分で決めることのできる自由」の2つであると考える.これらの自由が,支援が手厚くなることにしたがってむしろ奪われてしまうのではないか,というのが基本的な主張である.

 私の経験では,今に至るまで発達障害はとても厄介である.だから,実際に診断されたのは23の頃だがそれまでに既に「何ができて何ができないか」は相当の精度で知っており,それにしたがって将来の進路を決めてきた.

 まず,そもそも将来生きていける可能性が(家庭環境もあるが)少ないので,能力は伸ばしておくに越したことはない.ルールに縛られるのに耐えられないから自由な国立(こくりつの方.くにたちの方だったら多分ダメだった)の高校に行った.鬱病の時期に大学に通えない上に実験で厳密な提出期限を求められたので,さっさと辞めて実験がゆるい夜間の学科に編入した.そして,出社できないのでリモートワークで完全フレックスの正社員という話ができた時に飛びつき,伸ばした能力を活かしてなんとか4年働いている.その上で,基本的に厳しい自己管理が求められる博士課程への進学を「これなら大丈夫じゃないか」と決断した.

 自分で言うのもなんだが,極めて細い糸をたぐり寄せてきた.その年の電通大夜間の編入学は,全学科含めて10人受けて私しか受からなかった.会社にしても今の会社でなかったら恐らく国内に働ける会社はないだろう.博士課程もいろいろあるが,最高のタイミングで入学でき,素晴らしい環境にいると思う.「どうやって今まで生きてこられたのかわからない」と数人に言われたことがあるが,まあそれはこういうことをやってきたので普通にはわからないし,私にも本当のところはわからない.

 もちろん,これらを全てできたところで障害がなくなるわけではない.多く問題を抱えているし,問題が多すぎるので生活の主だったことを医師に告げることになる.人から恨まれたりすることも多い.しかしそれでも,障害を含めて総合的に生き方というものがなんとなく見えてきたのではないかというところである.

 また,「そういう生き方ができたのはお前の障害が比較的軽かったからで,ウチにはウチの事情がある」と言われたらそれはそのとおりだ.というか,そういったスペクトラムを含めてこの障害は構成されている.このことを踏まえて以下のことを懸念している.

 (1)基本的に支援は,障害の解消を基にしたものに見える.その場合,「自分にどういった問題や特性があるか」という重要なことを学ぶ機会を限定されてしまう,もしくは押し付けられてしまうのではないか.

 (2)学校で支援をするということは,将来の選択肢も含めて支援をするということである.その点で,「発達障害者の典型的な将来」がわかりやすく提示される.これは支援のプロの仕事である.一方で,発達障害はその性質から人によって生存可能な環境が限られるため,その細い糸をたぐり寄せる場合は自由な視野もまた必要である.その方が当事者にとって良い場合というのが一定数あるだろう.その場合,支援者の提供する「発達障害者の典型的な将来」は足かせになるのではないか.

 もちろん,これらが有効な子どもが発達障害の子ども多くを占めるのではないかと思う.そうでないと支援体制は作れない.しかし,そこからさらにマイノリティな私のような層にとっては,さらに生きづらくなっていないかという印象である.

 結論としては,分野を絞れば社会で活躍できるような発達障害者は恐らく無視できないくらいおり,彼らはどんどん能力を発揮したほうが良く,そのためには自分で自分の障害を知っていくこと,そして道を選んでいくことが重要である.しかし,そのような側面を発見して拾っていくのは難しく,支援が分厚くなるにつれてそういった機会が失われてしまうのではないか.

 親御さんには,確かに子は厄介であろうが,そういった側面も考えて欲しい.発達障害だからといって必ずしもバカだというわけではない.考えて道を切り開ける可能性のある子だっているはずである.

 もっとも,この議論の多くは健常者についても言えるのだが…