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プロダクト提供者とユーザーコミュニティの関係について

昨日,ある謝罪文書がXamarinコミュニティの主宰によって提示された.

ytabuchi.hatenablog.com

 私はこの文書を素晴らしい対応だと感じ,それゆえにXamarinコミュニティは長期的には良い形で続くだろうと考えている.しかし,コミュニティは脆弱ゆえそうとも言っていられない.特に,現状を見る限り,全てを解決したとは言えないのではないかと感じてしまう.今回はMSの社員が当事者となっている.しかし,彼女の対応はあまり良いものではなかったように見える.

 以下のことは私がいくつかのコミュニティに携わった経験を元にしている.故に全面的にぼかす.広報,パブリック・リレーションズやコミュニティ運営についてはいくつか教科書的なものがあるが,そのようなものとは関係ない切り口で話していきたい.もっとも,それなりに読んでいるので影響はされているかもしれないが.

ユーザーコミュニティの意義

 特にソフトウェアの世界では,ユーザーが自発的にあるプロダクトについて知見を共有したり盛り上げたりするコミュニティを形成する場合がある.消費者として,またはある仕事をする上でプロダクトを使う枠を越え,様々な利害関心をもとに,集まることが良いと考えて集まり,交流する.それは善意の現れである.ソフトウェアのコミュニティと言うとオープンソースと関連付けられるかもしれないが,プロダクトのコミュニティそのものはそのさらに前から存在した.DECのユーザーグループは1961年にできた

 ユーザーコミュニティでは,プロダクトを提供する企業ができないことや,ユーザーが個人として,組織人としてできないことをすることができる.自由な集まりは様々な問題を解決する力を持っている.その力は企業,ユーザー双方から認識されており,時には企業がユーザーグループを組織する場合もある.

ユーザーコミュニティは脆弱である

 一方で,コミュニティの最も良い点が自由な集まりに由来するとして,最も悪い点もまた,自由な集まりであることである.コミュニティには様々な人が集まり,そのほとんど,もしくは全員が組織に拘束されていない.その中では揉め事も起こるし,ある個人が問題を起こす場合もある.そして,突然のクリティカルヒットによって,あっけなくコアメンバーが抜けて消滅したり衰退する場合すらある.人の善意は脆い.

 まともな「組織」に近づけることでこういった人に起因する問題を解決し,持続性を持たせることも多い.しかし,それは多くの場合自由を制限してしまう.そうなると,コミュニティがもともと持っていた良さや能力を損ねてしまうことにもなりかねない.できれば自由は確保したい.しかし問題は起こる.自由を損ねないように解決する方法はないか.そういった葛藤にコミュニティは常に悩まされることになる.

企業というパートナーと圧力

 プロダクトに関するコミュニティの場合,プロダクトを提供する企業との関係は常に問題となる.企業は,ユーザーコミュニティの存在を(少なくとも形式上は)好感をもって見ている.しかし,ユーザーコミュニティは企業目線では,制御できない,たまに抵抗してくる厄介な存在でもある.また逆に,ユーザーコミュニティから見ても企業はその自由や自律性を損ねる害悪となる場合がある.つまり,互いに良い関係を築いていくことが重要だが,それは難しいということになる.

 基本的には,企業とコミュニティの関係にとって重要なのは,それぞれが最も重要だと考えていること,そして自分たちの独自の領分としてやっていることを損ねないことである.企業にとっては無茶な要求をされないこと,プロダクトに対する悪いイメージを喚起させないことなどがこれにあたるだろう.コミュニティにとっては,それぞれがやりたいことができる自由,自分たちのことは自分たちで解決する自治などがこれにあたるだろう.

 私の経験から言えば,多くの場合は企業がコミュニティの領域に圧力を与えてしまうということの方が起こりやすい.例えば企業とコミュニティで同じことをやろうとしていた場合,企業が潰すということはある.また,コミュニティ内部の決定に不服だった場合,企業が一方的に決定をする場合もある.そういった場合,コミュニティの活動は制限され,その能力を損ねてしまう.

 特に,人間関係に関することに企業は口出しすべきではない.それはコミュニティの最も脆弱な部分だからである.

ちょまどさんの発言の何がまずかったか

 基本的に,ちょまどさんはMSの社員(エヴァンジェリスト)という立場で本イベントに参加している.その上で,事実上本人のアカウントが準公式的な扱いを受けているにも関わらず,そのアカウントで注意深い発言がされていたとは言い難い.以下にいくつかの問題点を挙げる.

1)問題が起きた場合に個人のレベルで指摘するべきではない:私がまず問題に思ったのは,件のスライドに対して,作ったのは自分ではないと公言したことである.だとしたら誰が作ったのかという問題になり,さらにはそれを発表することを許したコミュニティの問題にもなってしまう.

 しかし,これはあくまでまずコミュニティ内部で議論して方針を決めるものである.「スライドを作った人がちょまどさんに対して不利益になる発表をした」ことを,事実上企業の広報として強く機能しているアカウントで公言するとなると,その個人,さらにはコミュニティの意思決定プロセスに企業が影響を与えることになってしまう.

 確かにちょまどさんは極めて問題のある扱いを受けた.しかし,彼女を守るのは,会社員としての活動として見るなら企業であり,コミュニティの参加者として見るならコミュニティである.なぜそれらに任せず独断で情報発信を行ったのか.これは問題を大きくするだけではないのか.もちろん,最終的にはハラスメントを個人間で解決することは可能である.しかし,組織があるならそちらに任せて自身は慎重になるべきではないか.

2)法務に相談したことを公言したこと:どこかで法的措置が行われたらコミュニティにとっては存続の危機になる.今回騒いでいた人々がコミュニティのメンバーとは限らない.しかし,大企業の法務部は強力な権限を持っており,出てくればほとんどあらゆる要求が通ると言っても過言ではない.そうなっては自治も自由もない.それを匂わせるだけで危険である.

3)説明をせず曖昧な情報発信に終始したこと:広報の重要な役割は情報発信である.今回,Xamarinコミュニティを色眼鏡で見る発言が様々な人々から寄せられた.それに対して,適切に経緯を説明して自身のみならずコミュニティを悪評から守ってやることもできたのではないか.例えば,「ハンズオンでのスライドが問題になっていますが,JXUGの方々と相談しながら対応しています」などと言えたら状況はだいぶ変わったと考えられる.もっとも,それをするかしないかは企業の意向によるのだが.

結論

 ちょまどさんの一連の言動は自己弁護に徹しているように見えた.本人が完全な個人として参加していたのならそれは適切である.しかし,MSの社員として参加し,MSやJXUGといった問題を解決できる主体が様々に存在する中で,それらへの影響を考えず様々な問題のある発言を自由にしていたのはどうなのだろうか.今回は社に相談するような方向性が適切ではなかったのかと個人的には思う.そのような,十分なサポート体制,もしくはこういうことがあったら相談しようみたいなガイドラインは社内にあったのだろうか.

 ちょまどさんが独立してパーソナリティを発揮しながらエヴァンジェリストとして活動していることを,MSは認めているように見える.また,それは一定の成果を上げてきたように思える.しかし,問題が起きた場合の対応なども個人にまかせてしまっては,ちょまどさんも1人の人間であるので常に適切な対応ができるとは限らない.社員として参加したイベントだとしたら,独断で動くようにするのではなく会社が適切なサポートなりをするべきではないか.

 ちょまどさんはXamarinコミュニティに限らずKOFで発表するなど様々な場所に活動を広げつつある.その中で,現状を見る限り,他の場所でエヴァンジェリストとしての活動や,その社内体制に起因する問題が起きないという保証はない.そして,それは私が少しでも関わっているところかもしれない.