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メモ:組織→協力→脱協力的生産に向けて

 自分の将来的な身の振り方について少しは考えなければならないのだが,そのための仕組みから考えなければならないのが実情である.

 私は生来の障害もあり,同じ場所にずっといることができない.具体的には定時を守ることができず,守れたとしても同じ人とずっといると精神が悪くなってしまう.そういった普通の企業組織で長続きした例はない.今の会社は完全にリモートで時間も完全にフレックスなので働けている.一方,大学院博士課程においては,数少ない拘束がある.ゼミでの発表義務,そして学会などの手伝いなど,私からしても小さい事柄だなと感じるのだが,それでもうまくできないことがある.

 今まで多くのオープンなコミュニティに参加してきた.固定された会社や大学などの組織にとらわれないで何かをすることは,快適で,私が世の中に貢献することの助けになってきた.しかし,これもまた突き詰めるとだるい.別に誰が嫌いというものはない.だが,顔を突き合わせるために場所あるいは時間を合わせて,実際に顔を突き合わせて,話す.それが何度も続く.それなりに重要な立ち位置になっていく.だんだん気を使うようになっていく.だるい.

 私は人間が何らかの生産や社会への関与をしないと生きていけないことを知っているし,そうしたいと考えている.それは,人との関わりにおいて行われる.しかし,その個別の関わりが負担になるようでは,長期的にはジリ貧になる.

 「そんなことではどこの社会でもやっていけない」と何度も言われた.その通りだ.それは充分に承知している.しかし,ここ20年の潮流を考えると,1つの方向性として,そういう人間でも何らかの社会へのコミットメントや生産を「なるべく人と関わらないように」できないだろうか.そして,それがある種の自由を生み出すことを可能にしないだろうか.このプログラムを暫定的に「非協力的生産」と呼ぼう.その芽は既に世の中に出てきていると考えている.まずはそれらを丹念に見ていくことから始めたい.そして,それは恐らく「協力」あるいは「参加」と呼ばれるここ10年の潮流にある.

 既存の組織におけるコミュニケーションの変革については,情報社会論やコミュニケーション研究,コラボレーションシステムなど様々な分野で議論がなされてきた.その中には様々な共通する軸があると考えられる.例えば,階層型組織とネットワーク型組織,同期型コミュニケーションと非同期型コミュニケーション,対面対遠隔,共有財,フラッシュモブクラウドソーシングなど.これらは,人と関わらない方法を少しずつではあるが開拓してきたといえる.まずそれを検討したい.