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情報・メディア・コミュニケーション研究について

 最近学んでいる図書館情報学分野で使われる「情報メディア」概念は,比較的簡単なものに見えるのにもかかわらずどうも飲み込み難かった.メディアの物理的社会的制度的特性に目を向け,そのあり方を明らかにしていく,もしくはそれ自体を概念装置として図書館を含む様々な情報現象を明らかにしていくような論文は,すんなり読めるくらいには数を読んだ.しかし,メディアとは何みたいな議論になった際に,自分が元から持っていたメディア概念との微妙な違いに当惑したのである.いや,それ以前に自分が当惑させるくらい邪魔なメディア概念を持っていたことにまず当惑した.

 9年前に最初に読んだ文系の本は西垣通「情報学的転回」,東浩紀「存在論的,郵便的」,馬場靖雄ルーマンの社会理論」,マクルーハンマクルーハン理論」(「メディア論」「グーテンベルクの銀河系」を読んだのは昨年)であった.痛い!その後情報社会論とメディア論,ソシュールから始まる構造主義及びポスト構造主義,そして社会学の入り口を得た.結局社会学エスノメソドロジー情報工学の境界領域たるCSCW修士を取り,現在は協働的な知識の生産・管理・流通の研究を始めようとしているのだが,それに至る過程でメディアという視点は強く私に影響していた.

 当初からメディア概念が批評系の情報社会論と社会学のコミュニケーション研究で異なることは知っていたが,当時の私は最終的にこの2つは統一的な視座で捉えることが可能だと判断した.そのとっかかりがこれである.

http://ja.wikipedia.org/w/index.php?title=%E6%96%B0%E8%81%9E%E5%AD%A6&oldid=5747588

 これは今は項目名が変更されて中身がなくなってしまったが,元々は「情報・メディア・コミュニケーション研究」という名前であった.要約すると学際的(文理融合的)な情報やメディアやコミュニケーション研究が各大学で行われているので,その外延をまとめたという項目だったのだが,その曖昧さから記事が解体されてしまったのである.

 当時そういった学科に属していた人間ならわかるだろう様々な概念が混ざった雰囲気が,この記事にはある.しかし,そこには雰囲気しかなかった.各学科の学際的な情報研究のダイナミズムを,シンプルな言葉で表すことはできたのだろうか.私は正直微妙だったと思っている.そもそも,学際的な学科が所属する人々の密な共同研究を前提として作られることは少ない.基本的に良い意味でも悪い意味でも「情報・メディア・コミュニケーション」を語る人々を寄せ集めた学科なのである.

 このような学科では,人文,社会,自然科学を問わず学生は学ぶことができた.しかし,それらを統一する視座はなく,結局各研究室の中で専門的な訓練を受けるか,たまに近い分野で共同研究が起こる程度だった,というのが実際ではないか.全く悪いことじゃないのだが.私がいた学科では,半期で3つのクラスでマクルーハンが取り扱われ,その全てが全く違う視座からの解釈だった.

 といった実際の事情にかかわらず,この記事は当時理系の学科にいた私にとっては魅力的だった.この広い視座をどうにかして身に付ければ,様々な情報やメディアに関わる事柄について理解していろいろできるのではないか.この当時私に影響を与えた,その一点において,「情報・メディア・コミュニケーション研究」という領域は私にとって「あった」と言いたい.百科事典であることを差し置いて,あったのだからあったとしか言えないのだ.なかったことにはできないのだ.

 そして,当時終焉を迎えようとしていた

ised@glocom : 情報社会の倫理と設計についての学際的研究

はその直観を後押しした.私はこの広い領域を概観し,知った先から本を読みあさった.買っただけで読んでないものも多かった.そして1年後,俺は社会学書を片手に女性を口説いていた.今その本のほとんどは電子化され,社会学に行ったりいろいろやった後も他の本と共に常に持ち歩いている.ちなみにisedの成果は2010年に突然出版されたのだが,「当時の痛い俺」を思い出して辛くなり買わず(単に高かったというのもある),1年後に高円寺の古本屋で2冊セット1500円で買った.

 自分なりの一つの到達点が,(1)芸術・人文に近い,コンテンツの媒体/媒介としてのメディアと(2)社会学に近いコミュニケーションの媒体/媒介としてのメディアという区別である.そして,当時最も活況を呈していたニコニコ動画において,その区別は極めて曖昧になっていた.コンテンツがコミュニケーションの様式を変えていき,それは人がニコニコ動画というメディアをどう見るかも変えていく.そして,コミュニケーションがコンテンツを産んでいき,その性質自体がニコニコ動画を定義していく.

 そういったダイナミズムの中で,コミュニケーション,コンテンツ,テクノロジーの境界について考えるようになった.今ではそれを決めるのは場面における参加者の実践だと端的に言うが,当時はいろいろ考えた(なんかこう…読み返すと…痛い…).この点について,当時東工大で講義をしていた東浩紀先生に異常に曖昧に聞いたところ,「それは僕の中ではインターフェイスと呼ぶ」とのこと.まあ難しいということがわかり,いろいろやっていって今に至る.その過程でメディアという概念はどうでも良くなった.

 これで経緯がスッキリした.当時読んだものの主要なものは読み返したし,それをとっかかりとして図書館情報学にいろいろつなげたし寝るか.