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この人を卒業させる方法

京都大学を休学します - 運河

 ギークハウスを提唱している pha さんという男は本当にだめで、ゴロゴロと寝転んではよくわからない鳴き声をあげることを日課にしていることは周知の事実であるが、彼は京都大学を卒業している。彼が京都大学を卒業している以上は、何らかのアレやソレがあるはずで、まあ相当に要領が悪くても卒業できる人はできると思う ( 私もゴロゴロと寝転んでよくわからない鳴き声をあげるが、 pha さんより要領が悪く、良い大学も出ていない。次生まれ変わったら旧帝国大学を目指したい ) 。

 インターネットで冒頭の記事を読んで、uiureo/seiseki.pdf · GitHubに氏の成績表が載っているので、特徴を分析した。まあ割りと人柄が出ているんじゃないかと思う。箇条書きにすると

  • いわゆる一般教養科目が取れず、専門科目が取れている
  • 試験を受けていない科目が多い
  • 履修数は多い

といった感じである。これを見てアアーと思ってしまうのは経験者の勘、追い詰められていく様子が浮き彫りになっているのである。ちなみに、冒頭で pha さんを取り上げており、 pha さん(総合人間学部)と uiureo さん(工学部情報学科)は違うという意見があるかもしれないが、一般教養科目は全学で違いはない(そういえば、京大の教養部再編問題ってどうなったんだっけ)。

 一言で問題点を挙げると、履修しすぎなのだ。人間すぐには変われるものではない。なので、学期内に取れる単位の数もだいたい変わらないのだ。にも関わらず、「なんとか追い付きたい」「留年したくない」といった心情により、「間に合う」ように履修をしてしまう。これは慢心である。その結果、過剰に負荷がかかってしまい、試験の直前にはアアやはり駄目だったんだとなってしまう。それは次の履修の際に覆いかぶさってくる。そういう状況では、往々にして通常より単位は取れない。

 取れないような単位や履修数なら、履修しなければ良い。極論を言えば1学期1科目だったとすれば、相当退屈で難しい科目でも取れるんじゃないかと思う。そして、その1科目は、紛れも無い前進である。「とりあえず履修だけして、切るものは切ろう」みたいな考えもあるかもしれないが、それはあまりうまくいかず、埋まった時間割を見るだけでうんざりするものである。そんなんだったら空いた時間を明示した方がいい。ドーナツにはなぜ穴があるか。埋めたらもっと量が多くなるんじゃないかというのは野暮で、穴が空いているからドーナツなのだ。あとは技術的攻究や仕事、飲酒、焼肉、寿司などに費やせばよく、それによってクオリティ・オブ・ライフが向上する。

 大体6年以上(京都大学総合人間学部に入学するも、オンボロ学生寮に入ってダメ人間的生活に目覚め、6年をかけて卒業。)、8年とか稀だが休学を含めて10年、退学と編入学を利用して13年かけて卒業している人々はそんな感じでやっている印象である。追い込まれた環境に8年も居るのはむしろ難しい。そういう人はやめてしまう。

 ということで、割とどうにかなるんじゃないかと思う。といってもこういった助言はもてない人に「こういう服装にしたらだいぶ変わるよ」というような助言をするようなもので、それで状況が良くなった人はそれほど多くない。俺ならまずは信用しない。

 付記:どうせ休学中なら、どっかの研究室とかに行って教授と仲良くなって雑にやっていくといいんじゃないか。学部の講義で古典的なことをやるのは学問の歴史をやっているからで(それを言えば、高校や中学、小学校なんて下手したら数百年前のものを教えている)、情報学にも当然歴史はある。その上で先端を追おうとするようなのは、院や研究室にしか無い。その意味で大学が退屈だと思ってるなら世界が変わると思う。

 付記2:本記事は本当に書こうとしているもの(論文レビュー)に着手する気が置きないのでブーストを書けるために書いているだけで、私は本記事の内容そのものにそんなに関心はない。言いたいことは全て一行目で述べた。前の記事もそんな感じで書いたが、これはひどい出来だった。