貧乏人が大学に行く意義について

政府文書の要約とかをやっていると,自分でものを書くのが快適で困る.

anond.hatelabo.jp

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 ここらで話題になっている,貧乏人が大学に行くべきかどうか,もしくは行くとしたらどうやっていったらいいかという点について,まあ単に私の事例として述べておきます.

 一応私のスペックを.

  • 10歳で夜逃げ,母子家庭に.祖母の家で実家ぐらしなので家と飯は出た.母親が障害者二級,世帯年収80万(障害年金)
  • 大学の途中で母親死亡,両親がおらず保証人が立てられないので授業料免除降りず(大学史上一人だけ本物の天涯孤独がいたらしく,その人は特例で降りたらしい)
  • 電通大夜間→埼玉大院→地理空間情報エンジニア,慶應義塾博士課程
  • 奨学金800万程度残り(さすがに博士課程では借りない)
  • 二親等までの親族がいないので,1人で実家ぐらしです

 まず基本的なことなのですが,大学には「職業に就くための学歴を得る」「職業に就く専門的知識を得る」「広く知見を深める」「人と交流する」「学問を究める」など様々な機能があって,本来は分かれていなければならないものまで一緒くたになって「大学」と呼ばれています.これを国が整理する動きもあるのですが,少なくとも自分の中でなんで大学に行くのかは考えないといけないと思います.

 私の場合は研究のためなら死んでも良いという感じで大学院以降は過ごしていますが,やっぱ死んだら研究できないわということで社会人学生になっています.まあそれはおいておいて,大学に行く人々を,文系理系問わず私は多く見てきました.その中で,やっぱり裕福な人は何をやってもだいたい余裕があってうまくもいく.貧乏人は本当に人それぞれ.なので貧乏人はなおさら「大学に行くと何が良いか」を検討する必要があると思います.

 ここからは奨学金をそれなりに借りる前提で話をします.私はちょっと借りすぎましたが,貧乏な家で大学を出ようとすると,合計の返済額500万程度にはなるかと思います.就職したら月で4万くらい?は払うことになります.バイトはまああれなんですよ.バイトに時間をとられると大学の良い面を減らしてしまう.

 その上で,まず学歴を得る手段として大学に行くべきかどうか.これは大学のレベルに応じて変わりますが,旧帝大,筑波大,神戸大などに入れるなら基本的に心配はありません.入れるならどんな手を使っても行ったほうが良いです.その下の大学に貧乏人が入って幸せになれるかというと,微妙です.例えば就職などで今までの人生を覆せるくらいの成功ができるかというと,恐らくそこまではいかない.

 次に,職業に就くための専門的知識を得るために大学に行くこと,これはおすすめできません.主に工学部や,上記記事で挙げられていた職業訓練校からの編入学についてです.現在,新卒で入った社員には年功序列が適用されることは少なくなってきました.その上で,奨学金が数万引かれます.要は貧乏になります.あまり考えないでこの道を選ぶのは危険ではと思います.一部上場企業に入れた例というのはそこまで多数派ではないので.業種によっては高卒で頑張って働いたほうが幸せになる場合もあるかと思います.「大学を卒業することで一般的な物事を考えてまとめるスキルがつく」というのも多少まゆつばです.それを企業が活かせないとしかたがないので.

 ある学問に特別の関心がある場合について.親が「裕福」でなかったら死ぬ覚悟が必要です.まあ死ぬ覚悟は難しくありません.参照:

wofwof.blog60.fc2.com

 ということで,大学でしかできないことをやって,得られないものを得ても貧乏人にはそこまで良いことはないんじゃないかと思います.良さを自分で見いだせたなら,それはやっていくしかないでしょう.

 で,ここから大学を擁護します.大学に行くことで,「貧乏なりに幸福に生きていく」術を様々な形で手に入れるのではないかと思っており,それだけのために大学に入っても良いのではないか.例えば講義を受けたり大学図書館の蔵書を読み漁ってそこそこの知識を得れば,研究とまではいかないまでも一生かけて趣味としてあるテーマを追っかけられるかもしれない.また,学内学外問わず多くの人と交流することで,卒業後孤独にならないで済みます.こういうのがあるかないかで,同じ「貧乏で生きていく」にしてもだいぶ変わります.高校を出て趣味なし,友人なしだと本当に酒だけとかになります.まあこれを奨学金を背負いながらやるほどかというと,人によって意見はわかれると思います.

 まあこの記事についてはかなり偏っているのであらためて調べてみてください.大卒でないとできない職種も多いです.また,「安定した雇用」を得たいなら大卒が有利なことはまだまだ多いと思います.しかし,そういったものを得られずに大学を卒業して,高卒と同じような生活を送っていく人が多いのも事実なのですよ…

子孫を残せず絶滅していく現代のネアンデルタール人「劣人」

 最近30になったこともあり,周囲で結婚の話ばかりが行われていて,そういったものとは全く縁のない私は非常につらい気持ちになる.私は本当に彼らと同じなのだろうか.このまま事が進めば,私という人間や,他の似たような仲間は,皆子孫を残せないで死に,「絶滅する」.

 そう思っていると,かつて人類と曖昧に混ざりながらも絶滅した「ネアンデルタール人」のことを思い浮かべるようになった.ネアンデルタール人は,現生人類とだいたい同じように生き,現在と非常に異なるだろうがそれなりの知性や感性を持っていた.とすると,あくまで現代の尺度であるのだが,絶滅寸前に「私みたいな人、よくわかんないけど劣っているし、しばらくしたらいなくなるんだろうな」と考えたんじゃないだろうか.

 私たち絶滅しゆく種類の人類は,結婚して子どもを残していく人類と遺伝的に有意な差はない.このため,ネアンデルタール人のように全く別の種として扱われることはない.しかし,これを表す言葉が必要なんじゃないか.かくして,劣った人類「劣人」の概念が産まれた.この言葉は昔から自分を表す言葉として使っていたが、ここで具体化する。

 劣人は,何十年も劣ったままで過ごす.そして,滅びの時をただ待つ.そこから新たな感性が生まれるかもしれないし,少なくとも存在したという履歴は残る.その意味で劣人のいた痕跡は残っていく.もしかしたら,100年前,いや人類史の各局面において,私たちの会ったことのない,滅びてしまった人々がいるかもしれない.彼らは今の基準では劣人ではないかもしれないし,面白いことや素晴らしいことをしたかもしれない.そう考えるといろいろと広がっていく.

 さらに進めて,人類が滅んだ後のことを考えてみる.例えば200万年後,魚だか鳥だか知らないがとにかく全く新しい知的生命体が登場し,人の骨と文明を発見したとする.そこで,子孫を最後まで残せた人々と劣人は,恐らく区別できると思う.そして,新しい知的生命体はその違いについて考え,独自の結論を出すだろう.もしかしたらそれまで,私たち劣人がなぜ子孫を残せなかったかというのは判明しないかもしれない.しかし,これだけは確実に言える.「劣人もものを考え,人として生きた」,それは残るだろう.それで十分なのだ.

皆でだらだらと適当に過ごせる場所について(試案)

 pha が郊外の住居(ギークハウス)に全然人が来ないし,他に都心に集まれる場所が欲しいという話をしており,俺も割と共感してそれなりに集まったりして議論を進めている.明日次回をやるっぽいが,それに際して適当に考えていたことをまとめる.

外のだるさ

 現代では休みたかったら家に帰るというのが基本なのだが,そもそも家に帰るのがだるい.帰る前にくつろいだり適当にくっちゃべっていきたい.そういうことはないだろうか.私はリモートワークで正社員の仕事をしながら慶應義塾の大学院で研究をしている.つまるところ,結構疲れるのだ.そういう際には三田から高円寺に帰る間に,秋葉原でちょっとカフェやらバーに寄って,チャットで「秋葉」とかいうと割と集まってくる.そうでない場合もある.まあ集まって適当に喋ったりインターネットをしたりすると割とくつろげたりする.

 このようなことは,最初は「朝活」だったのだが,朝に集まらないということがわかったので「活」ということで続いている.そんなこんなで,それを目的とした場所があったら楽なんじゃないかという感じで考えている.場所があれば1時間くらい寝てても文句は言われないし,人とも交流できるし,かなり良いこととなる.ただ,適当に作ったら多分めちゃくちゃになるので,多少の分析を行う.

集まれる空間の複合性

 ギークハウスはまさに複合的な場所だったと思う.まず数人で居住するというのがベースとして,頻度の差はあるが知り合いがふらっと立ち寄って適当にくつろいだり作業をしたり遊んだりすることもある.そして,たまにイベントが開かれ,人がたくさん集まる.

 これらはある意味で全く別個の活動で,わざわざ1つの場所でやる必要もないし,個別に切り出してもっと良い形でできるのではないかと思っていた.そもそも日本にある物件はこれら3つを全てやるのに適していない.例えばイベントに関して言えば,クラブやイベントスペースなどは多くあるし,そこでやればそれはそれで満足する.また,私は2年前に「ニアハウス」という構想を考案した.それは,知り合い同士が同じ家ではなく同じ町の近所に住み,それとは別個で町の中心部に場所を借りて集まればいいのではないかという構想だ.考えただけで何もしなかったが,似たようなことをしている人は周りに何人かいる.いずれにせよ,全部シェアハウスでやるのは無理があるのではと考えていた.

新しく作る場所は生産的である必要があると思われてきた

 ここで挙げた3つの活動のうち,明らかにおかしいのが「知り合いがふらっと立ち寄って適当にくつろいだり作業をしたり遊んだりする」ものだ.人間には居住が必要だ.また,イベントは日常と違った空間を提供する.しかし,普段において人と会って雑談をしたり,くつろいだりだらだらしたりするのに何の必要があるのか.そもそも活動かどうかが怪しい.ただ,なにか人と会ったほうが落ち着くこともあるし,人がいる環境では作業がはかどったりすることもある.その逆もあって1人になりたいこともあるので人間というのは変であるが,とにかく集まったらなんか良いということを経験的に私たちは理解している.

 従来から,「新しい場所を作る」ということは「新しい生産的な活動を作る」ということと同義だったように思える.まちづくりの文脈では何かNPOなどが活動を行えるスペースを作ったり,最近では行政と市民の関係を作るために場が作られることもある.ノマドワーキングコワーキングスペースでは人々は基本的に仕事をする.また,スコープが広くなるが「創造都市」「クリエイティブ都市」も明らかに新しい物を生産することを意図している.

 ギークハウスについても,そういう風にとっている人々はいる.ギークハウスはもともとインターネットが好きな人が集まって適当に暮らすという非常に雑なコンセプトで産まれたが,いろいろなものができていくにつれ,ITのスキルを持ったり学んだりしたい人が集まってシナジーを生み出し,起業を目指すというスタイルのものも登場した.特にそれをギークハウスにしない理由もないし,その意味で名前以外に統一性はなくなりつつあるのだが,ともかく場を作ることによる生産を目指す人は,ギークハウス界隈にもいる.

だらだらしたり寝たりする機能を街に開放する

 しかし,何も生産しない「だらだらする」「寝る」「雑談する」「遊ぶ」といった活動もまた,人の活動の重要な構成要素の一つで,都市はそれを提供する.しかし,それはあくまでインフォーマルな形である.一時期流行った「サードプレイス」の概念は家と職場の他の第三の居場所として,バーなどを提示した.バーは良く,酒もあるし雑談もできる.他にも,スポーツなどの余暇的活動も都市で提供されている.

 それを差し引いて考えると,都市に足りない要素がある.適当な姿勢でくつろいだり,寝たりするのは,実質的に家でしかできないのだ.家においては雑談や遊びとシームレスな形でくつろいだり寝たりすることができる.しかし,カフェやバーではそれができない.だとしたら,それを都市でやってみる可能性はあるのではないか.

 「住む」と「くつろぐ」は微妙な差がある.カフェでもとてもくつろげる場合はあるし,逆に崩壊した家庭では住んでいる場所でもくつろげない.恐らく,その間というものを考える必要があるのではないか.ついでに,都市でそういうことができれば,新しい生産のための労働力の再生産につながるため,その意味では最終的に生産につながると思う.

もし私がエレベーターだったら

電車で隣に座ったリクルートスーツの学生の持っていた書類が少し見えてしまった。そこには「もし私がエレベーターだったら」と書かれており、A4の紙が1ページぎっしりと埋まっていた。これは何かの会社の新卒選考の課題だろう。これをみて新卒の厳しさを改めて思い出した。私は30だが、学部修士で両方就活をしているため、ある程度厳しい経験はした。しかし、エレベーターはない。とはいえ、この課題をできないと社会人失格とみなされる危険もあるので、私もやってみることにした。A4でおさまるはずである。

もし私がエレベーターだったら

 朝6時半、まだこのビルの大半のテナントが始業時間を迎えていない状態で、1人の男がふらふらしながら入ってきた。彼は前に見たことがある。前回来た時は、同じように早朝に赤ら顔で「今日は大事な商談があるから一杯飲ってきたんや」と言いながら入ってきた。今回も顔が赤く、恐らく酔っているのだろう。そして、その片手に缶ビールを持っている。まだ飲む気なのだろうか。カバンがふくらんでいるため、商談はするのだろうが、ちょっと心配である。

 昼過ぎ、昼食に外に出る人は少ない。このビルではケータリングが普及しており、ケータリングは裏の業務用エレベーターで運び込まれてくる。しかし、今日は少し異なっていた。通常の昼食時間を少し超えた頃、人が一気に増えてきたのだ。多くが不満を漏らしている。「なんで今日はケータリングがないんだ」「まあいいじゃない」「この辺り、いい店ないんだよなぁ…」どうやらケータリングに問題が起きたようだ。まあ私としても休み時間のはずだったのだが、こうなっては仕方がない。全力で人を運ぶことにした。

 落ち着いてしばらくした夕方、早朝に酔って乗ってきた男が明るい、しかし疲れた顔で乗ってきた。恐らく商談に成功したのだろう。と思って1階へ降ろそうとした矢先、男は全力で吐き始めた。なんということだ!吐いたものは広範囲に広がっていく。これはまずい。そして、そこにちらほら見えるのは、もつである。もつ!恐らく、彼は飲み屋で包んでもらったもつやきをカバンにいれてビルに持ち込み、酒を飲みながらつまんだのだ。この根性はすさまじい。これが彼のやり方なのだ。

 20時、最も混む時間帯の一つだが、多くの人間がこのエレベーターを避けていく。当然、先の件のせいだ。乗ってくる人間も、嫌な顔をしている。誰かが通報すれば掃除担当の人が来るのだが、そんなことはない。嫌な顔をしている人々は、忙しく、事なかれ主義で、自分が耐えて指定した階に行ければそれで良いのだ。そんな中、1人の男がさっそうと入ってきた。その右手に抱えた膨大な資料は、恐らくこのビルに入っているどこかの会社を徹底的に分析し、その上で提案するための資料なのだろう。彼の右足は、吐いたものを踏んでいる。そして、徹底的な無表情。私は直観した。彼は本物の人間だ。この1人が、会社を変え莫大な金を動かすのだ。

 このエレベーターは24時に電源が落ちる。その後、配線を通じて人間には知覚できない情報の流れが入ってくる。その中で、私は人間でいうところのエタノールに対応したものを選択する。それが少しずつ私の中に注ぎ込まれてくる。曖昧になっていく意識の中で、同じビルの業務エレベーターが絡みながら話しかけてきた。彼もまた酔っていた。どうやら、エアコンを運び込んだ業者が養生をちゃんとやっていなかったらしく、エアコンの扱いも雑でエレベーターに負荷がかかって故障してしまったようなのだ、ということが彼の支離滅裂な話から理解できた。ケータリングが滞ったのはそのせいか。こういう仕事をしているとそういうこともある。俺も今日の吐いた奴には困ったが、俺が汚れてあいつがうまくいけばそれでいい。そして、本物の人間がそれを乗り越えていった。そういうものをたまに見られるのだから、この仕事をする意義もあるものだろう。そんなことを考えていたら眠くなってきた。そして明日がやってくるのだ。

過去との向き合い方について

 最近は、割りと人生がうまくいっている。主観的な完璧主義と不安感を除けば、どれを見ても「順調、もしくは少し問題あり」の範囲で、ちゃんと議論したり考えて、物事のやり方のレベルから練っていけば大きな不都合というのはない。むしろ、大学院に行きながら仕事をしているという立場から考えれば、よくやっているほうかも知れない。

 一方で、過去のことを思い出して悩む比率が増えてきた。主に恋愛と、受験、就職などのライフプランでの様々な困難に関することなのだが、これらが突然襲ってきて、そのたびにウウーッと厳しい気持ちになって何もできなくなり、解決するまで考え続ける。他の人が自分の過去やったことに似た言動をしているときなどには、顕著にそれが来る。もはや日課と言ってもいい。

 実際のところどう対処しているかというと、当時感じた感情や、その結果はもはやどうしようもないので、それらは受け止めてウウーッ俺はもうだめだをやる。その後に、できるだけ客観的に捉えて、それが結果として様々な決定につながり今の生活に至ったのは事実だが、それが今の生活に直接の影響はしていないということを確認する。それでようやく落ち着く。その後は比較的同じことは襲ってこなくなる。いわゆる認知療法もこれに近いだろう。

 正直、ここ3年のことが今の生活様式に影響しているのは事実だし、それゆえ最近の大きな失敗に引きずられて恐る恐るやっていることも多い。で、恐る恐るやっていることについてこのまま先に進まないのではないかという不安はある。これについては今の課題としてやっていくしかないだろう。

 ということで対処はそこそこできているのだが、問題はその量である。襲いかかってくる過去は、比較的小さいものも多く、それを踏まえてここ20年の出来事でこれが襲ってくるなみたいなものを試算すると、莫大な量になる。今のペースでやっていったら何年もかかるだろう。これは負債であり、今まで返してこなかったのも事実である。

 このまま続けていって良いのだろうか。実際、この過去が襲ってくる現象は、今に影を残している。過去いろいろあったから、また厳しいことが起こるのではないかという不安は常にある。だから、こういうのが適切かわからないが、うまく切り抜けたい。どちらにせよ、さっぱり「今は今だ」みたいに割り切れる人格でもない。

パーティ的空間の多様性について

 最近クラブとかシェアハウス(主にギークハウス)のパーティなどに行かなくなった。というか面白くなくなってしまい、寄らなくなってしまった。そういう場所、特に新しい場所では、好きにインターネットをしていたり、論文を読んでいたりしても特に問題なく、その上で他の人が全く別のことをしていてそれに興味を持ったり、意気投合したら数人で同じことをやったりすることもある。

 そんな感じのある意味のカオスな雰囲気が好きだったのだが、最近はまず空気を読んで人と同じことをして楽しむことが大前提で、先日ある友人の誕生会で論理学をやっていたら「なんで誕生会なのに勉強しているの」とか言われてちょっと辛くなった。その友人は基本的に知性が極めて高く、論理学についても理解を示してくれているのだが、なんか場の雰囲気が前よりはるかに濃厚なので帰ってしまった。

 なんか、毎回そういった種の居づらさに負け続けている。それは、コミュニティが成熟したからかなと考えている。基本的に、「自由に参加できる場」みたいなものはざっくばらんに言えば二種類に分けられると思う。

  • 各自が好きなことをできるという点での「自由な」参加
  • ある活動にだれでも参加できるという点での「自由な」参加

 この2つは明確に区別できるものではなく、やはり例えばクラブでインターネットをしているにしても音楽が好きでないと難しいし、逆になんでもできる場所を意図的に設計した場合、そこでは「なんでもする」という「活動」に自由に参加できることになる。

 ただし、ある場所があったとして、そこをどちらとして受け取るかというのは、おそらく人それぞれであると思う。その点でコミュニティの成熟はその性質を大きく変えてしまう。前は先端的なことや面白いことをやっていたコミュニティが一般化して多くの人が集まってつまらなくなったということは、従来からよくあることだ。

しかし・・・この2ちゃんねるは今までの匿名掲示板とは異なる方向
へと進む。訪問者が増えれば増えるほど、最悪な方向へ向かって行く。

匿名掲示板の面白さとは何か?――――そんなの人それぞれ。 

こんな所で真面目な話しをしたがってる人はバカ。――――
糞ガキは喋んな。テメェらは自らの遊び場を自らが破壊してゆく癌細
胞のような存在だ。いつだってそうだ。流行こそ癌そのもの。
俺のお気に入り、パンク・ロックをファッションに変え、坂本龍一
一時的な流行りものにしてしまい、匿名掲示板を聞きたくもねぇ私の
現状報告の場と、団地妻の井戸端会議以下の幼児雑談に変えた、何処
からともなくワンサカ集まって来るいつものあの野郎達だ。身近なお
祭り騒ぎには参加せずにはいられず、多様な価値観だの諸行無常をぬ
かすわりには何の精神も思想も持たず、それまで守られてきた大事な
大事な宝をあっさりとぶち壊し、ただ目の前にあるバカ騒ぎを刹那的
に楽しむだけの糞野郎共。

最後にやつらは言う。「未だにそんな事やってるの?」

『ネットバカ一代』http://www.asahi-net.or.jp/~UG6M-KHT/Guide/2ch/net-baka.htm

 これは15年前の2ch初期の古典的な文章で、書いていて引用しようと思ったのだが、予想以上に私の言いたいことを表している。この先書くことなどないかもしれないと思ったが、もう少し続ける。要は本来「各自が好きなことをできる」場所に、特に好きなことなどない連中が集まって、とりあえずそこに起こっている活動に参加して、さらにはその活動をすることがその場の楽しさだというように場所を再定義してしまう。

 コミュニティにとって、数と雰囲気は本質的である。それがないのは水と空気がないのと同じ。だからこそ、「好きなことをやって、その上でつながっていく」層は弱くて最終的にはいなくなってしまう。ただ、やはりこう言いたくなってしまうのだ。

何でもやっていい場所なら足を引っ張らないでくれ。

クラブで踊らせるのは雰囲気ではない、音楽だ。