専門業務型裁量労働制について

news.yahoo.co.jp

 実態として働かせ放題の温床になっているということには同意するが,記事にどうもミスリードがある。リモートワークについていろいろ調べた関係から「専門業務型裁量労働制」についてはいくつか文書を見てきたのだが,「働かせ放題」の原因はこの記事に書かれていることではないように思う。

 私は法の専門家ではない。法律的用語は全て怪しい可能性がある。それでもこの記事を書いたのは,上記記事のような偏った記事を弁護士が書いて,それが情報として流通することが良くないと考えたからだ。本来は弁護士が,具体的な裁判の事例に即して書くべき内容である。

 上記記事においては

  1. 使用者から「これをやれ」と命令がなされる
  2. 労働者はそれを遂行する
  3. 労働者は仕事の結果を使用者へ渡す

と労働を類型化した上で,「裁量」が2にしかないとする。つまり,

これは、要するに、業務量については労働者には裁量がないということを意味します。

と言い切っている。これは,事実上労働時間について裁量がないということを意味しており,それゆえに「働かせ放題」の根拠になっているとする。

 しかし,根拠となっている労働基準法第三十八条の三を見ると,どうもそうではないということがわかる。また,これに沿った厚労省ガイドラインがある。これは労基則24条の2の2第2項と,平成9年労働省告示7号に基づく。

専門業務型裁量労働制

 東京労働局によるわかりやすいパンフもある。

http://tokyo-roudoukyoku.jsite.mhlw.go.jp/library/tokyo-roudoukyoku/roudou/jikan/pamphlet/4special2.pdf

ここに,制度を適用するには,労使協定を締結して労働基準監督署に提出する必要があると書かれている。裁量労働の人で,エッ知らないんだけど…となった場合は,入社時に知らず知らずのうちにハンコを押しているか,会社が違法なことをしている可能性が高い。

 で,その労使協定の内実であるが,

(1) 制度の対象とする業務
(2) 対象となる業務遂行の手段や方法、時間配分等に関し労働者に具体的な指示をしないこと
(3) 労働時間としてみなす時間
(4) 対象となる労働者の労働時間の状況に応じて実施する健康・福祉を確保するための措置の具体的内容
(5) 対象となる労働者からの苦情の処理のため実施する措置の具体的内容
(6) 協定の有効期間(※3年以内とすることが望ましい。)
(7) (4)及び(5)に関し労働者ごとに講じた措置の記録を協定の有効期間及びその期間満了後3年間保存すること

 とある。まず,(2)であるが,これがあるので,時間には強い裁量が与えられる。例えば朝8時半など,出社時間を強制的に指定することすら違反である可能性がある。就業規則に8時半から19時までと書かれていても,専門業務型裁量労働制の元に働く限り,裁量のほうが優先される。

 次に,(4)(5)である。つまり,会社は「働かせすぎ(健康・福祉が確保されていない)」を具体的にどうにかする必要があり,労働者は働かせすぎの問題にクレーム(苦情)を入れる権利があり,会社はそれに応じる(具体的な措置を実施する)必要がある。その具体的措置は(7)により定期的に記録しなければならず,適切でなかった場合はそれが明るみに出る。これは「裁量」のもとにうまく働かせろという,労働者が会社に突きつけ,会社が受け取った条件である。

 そんなこと聞いたことないと思ったとしたら,そういった仕組みを労働者に適切に知らせていないか,あったとしてもアクセスできないか,書面上にしか存在していない可能性が高い。全部違反である。労働基準監督署に通報したら,会社にとってまずいことになる。

 ということで,上記記事の「業務量については労働者には裁量がない」というのは,間違っていると考える。このため,

 (-"-)「仕事が多くて終わらないッス」

( ゜Д゜)「仕事の進め方は自由でいいぞ」

(-"-)「いや、仕事が多すぎるんです。終わらないんです」

( ゜Д゜)「でも、仕事の進め方は自由だぞ。」

(-"-)「・・・・(怒)」

裁量労働制とはこういう制度(佐々木亮) - 個人 - Yahoo!ニュース

といった,上記記事に掲載されている例は,全て会社にクレームを入れ,しかるべき対応を要求することができるはずである。そうでないなら法的にアウトである。OKではない。

 では,何が問題か。私は,会社にクレームを入れる仕組みと,それをうまく動かすために会社を監督する仕組みがうまく動いていないからだと考える。少なくとも書面上は,そういった対応策が存在するはずだ。しかし,力関係で潰されてしまう。これは違法である。

 もっといえば,「働かせ放題」という言葉で,誰かが責任逃れをしているのではないかとすら考えられる。「働かせ放題」が法的にOKだと労働者に認識されているとしたら,労働基準監督署も弁護士も会社も厄介な紛争を避けられる(もっとも,それがOKになるような法改正になるとしたら,全力で抵抗する必要がある)。また,クレームを入れられる協定について注目されていないのは,例えば労働組合がうまく機能していないのではと考えられる。

 そして,労働者がどうするかということに関しては,上記のような,労使協定に明らかに反するような実態があるような会社,上司が圧力をかけることがまかり通り,クレームを入れる制度が明らかに動いていなかったり,それをチェックする体制がなかったりする場合は,専門業務型裁量労働制で絶対に働くべきではない。通常の働き方にするほうが自分を守ることができる。

 いま専門業務型裁量労働制で働いていて,実態がそれに即しておらず,退職にも踏み切れない人については,専門業務型裁量労働制そのものから足を洗う勇気が必要なんじゃないかと思う。ガイドラインにあるように,また「専門業務型裁量労働制」という名前にあるように,これは専門的な19職種に限られた働き方である。つまり,気に食わなければ辞めて他の会社に移れる人のための制度である。この前提は,「企画業務型」であっても変わらず,法が改正されて対象業務が広がるとしたら暗黙の前提となるだろう。意図せずしてそういった働き方を望まない人がこの立場に置かれてしまったとしたら,不幸であると言うしかない。しかし,それを是正するには辞めるしかないのだ。

 最後に,この制度はちゃんと運用されている限り,つまり無茶な労働について「だめ」と会社に言える限り,良い制度になりうる。実態はたしかに最悪に近い。しかし,それを理由に本来の意義やうまく回す仕組みを考えなかったら,頭の回る悪い会社の思うツボである。少なくとも私には,裁量は必要だ。何しろ勤務時間を守れぬので。そして,その上でちゃんと働くために納期はちゃんと守っているので。

 

追記

 この記事はそこそこ注目されているようなので,エクスキューズをいくつか。気に食わないと思った方もおられるかと思いますが,反論の前に読んでくださると幸いです。

 まず,この議論の詳細の怪しい部分は専門家に確認してください。

 次に,こんなの理想論だろ,現実に実現できるはずがないという話について。これは政治の領域になるので,民主主義を動かしてください。罰金を課すという案もありますが,本当に悪い企業は罰金を払ってでも悪用する気がします。電通あたりを見ると,営業停止が効く気がします。

 最後に,御託はいい,裁量労働そのものがとにかく悪だという話について。働きたくないと思ったことはありませんか?毎日決まった労働時間で働くことそのものに疑問を感じたことはありませんか?そういった疑問を一つでも感じたことのある人なら,「普通の」労働が最善ではなく,色々ありうることがわかるはずです。裁量労働の他になにか良い案もあるはずです。

 例えば私については障害があるので,今自分の会社でうまく回っているリモートワーク,裁量労働がなくなって,出勤と退勤の場所と時間が決まった瞬間に働けなくなります。だから,裁量労働の良い部分については擁護します。

 それはお前やその周りが特殊な環境で働いてるからだろと言われたら,それはそうかもしれません。また,あなたの環境を良くするのは非常に難しいかもしれません。なので,裁量労働の悪い部分については一切擁護しません。

 このような事情なので,議論をうまくやるためには分析や整理が必要だと考えます。その一側面がこの記事です。

 しかしいずれにせよ,そういった本質的で複雑な議論の主導権を,悪用しそうな企業に握らせてしまうことは,さしあたってよくないのではないでしょうか。