「よくわかる人工知能」書評

id:shi3zさんの「よくわかる人工知能」を購入して読んだ.

 

 

本書は

  • 現在「人工知能」としてクローズアップされているものが,主にニューラルネットワーク,及びそれに応じたQ学習の拡張であり,その拡張はニューラルネットワークが適合する範囲を根本的に拡張した
  • それゆえ,ある特定の分野に特化したものではなく,一般的なパターンの入力に対して成果を出すことができる
  • ハードウェアの進歩,大量のデータの蓄積がそれを後押ししている
  • その中には,即座にビジネスに応用できそうな事例も複数ある
  • オープンに利用可能なプラットフォームが存在する
  • その先にもっと高度な知性を目指す汎用人工知能などのアプローチがある

ということを明晰に述べている点で,現在社会に流通している人工知能像を十分に描いていると言える.この中で腑に落ちない点があるなら今すぐ購入すべきだろう.ただし,本書はほぼ良い成果の面についてしか述べていないため,今の人工知能のアプローチには出来不出来があり,「何に対しても十分に対応できる」というほどの完成度や可能性はないということについては留意すべきだろう.

一方で,これらの人工知能が人にとってどういった位置づけになるかどうか,という点については,慎重な議論をすっ飛ばした視点に立っているように見える.要は人工知能の進歩は個別的に何ができたとかは凄いと思うかもしれないが,それを社会全体の大きな変化と捉えるのはちょっと飛ばしすぎてないか,と考えているのだが,これはshi3zさんの個性による部分もあるし,私個人としても「嫌」な感情を覚えたに過ぎないので,これについてはだらだらと印象を語ることにする.

まとめると,shi3zさんは人工知能の進化について以下のように説明している.現状では,ある程度一般化,パッケージ化はされているものの,人がデータセットとタスク,詳細なパラメータを与えてその中で学習していくということが行われる.それが,人間の行うパラメータ調整なども人工知能がやるようになり,さらにタスク設定や人がどういったタスクを求めているかの理解まで((汎用人工知能)人間以上にうまくやるようになる(人工超知能),というような筋書きである.これを非常に社会に大きな影響を及ぼすものとしている.

別にまあ人工知能はうまくやるようになるし,うまくやれる範囲も増えていくと思う.ただし,ここに取り残された議論がある.本書でされているのはあくまで技術の進歩の話で,技術が進歩するに従って実際の生活にどういった影響を及ぼすかについての議論がないと,それらが本当に「我々にとって」凄いものなのかという指標がなくなってしまい,さらには最後に言及されている「知能革命」といったことが人類に起こるかどうかもあやふやになってしまう.

例えば,本物の人間とどうやっても区別できない人工物がそこにいたとしよう.正直,人間と変わらないし,人間はどこにでもいるので,大したことはないと思う.また,例えば仕事において全局面で支援してくれる人工知能があったとする.私はそれを自分が理解できる範囲でしか理解できない.そもそも,今作業しているPCで何が行われているか,概略は示すことができるが常に全て意識しているわけではない.その点で,つまり今起こっていることがどんなに高度でも,日常で生活を送る際は大して理解していないという点では,人工知能が凄まじい進歩を遂げても大きな変化はないと思う.

私は正直に言うともはや90年代に戻って生きていける自信はないし,さらに前についてもそうだ.それくらいここ20年で起こった技術的進歩は私にとっては大きい.私にとってその程度の技術による社会の変化は既に起こったのだが,それは非常にゆっくりとした変化で,ある日突然すべてが変わったような体験はしなかった.例えばスマートフォンを2004年から使っているが,そこからここまで生活に浸透するまでは時間がかかっている.どちらかと言うと親が亡くなったとかそういった社会的側面の影響のほうがはるかに大きい.

また,人工知能が進化していって最終的にいわゆるシンギュラリティを迎え,人間にやることがなくなるというのも,そこまで大きな変化か?と思う.先に述べたとおり人間は自分の理解できる範囲で適当に物事をやっているだけなので,それは基本的には変わらないのではないかと思う.もし人間があるタスクをするために生きているとしたら(それをやって金をもらえることもある),それが全面的に人工知能をやることはまああるだろう.また,今私がやっている作業の中でも,意識はしていないが,クソだるい作業などは計算機に相当程度代替されているだろう.しかし,別に自分で何かやることを見つけたりそれを誰かとやることは,なくなるわけではないと思う.また,やることを探すのに人工知能が関与していたとしても,それは人工知能に使われているとは感じないと思う.

だとしたら,人間が知性と呼んでいるものに関わる技術が進歩したとして,またそれが世の様々な厄介事を解決して生きるのを楽にしたとしても,それは人間にとってはその時代なりの生活があるというだけなのではないか.その意味で,何か決定的な転換点というのはなく,あくまで今の生活の延長線上に新しい生活があるのではないか.

その意味で,「人工知能がこんな風にすごくなる!乗るか,それとも乗らないか?」というのはあくまで技術的なステートメントで,それ以上ではない.それを凄いぞと吹くのは技術者としては確かにわくわくするが,それで人間のあり方がガラッと変わるというのはないんじゃないかなーと思う.

だんだんグダグダになってきたが,要するに私が感じている嫌な感覚というのは,「近年の人工知能の進化はすごく,社会はその影響でこれまでになく大きく変わりつつある.我々はそれに対応しなければならない」という種類のアジテーションに対してである.情報化社会に関連して,そのような言い方は常に形を変えて繰り返されてきた.そして,確かに私が90年代に戻れないと感じるくらいの速度で情報化社会は変わってきたが,今現在私は普通に生きているし,人工知能によってストレートに「全く違う世界」になるということはない.その意味で,人工知能の入門書としては,頭を冷やしたほうが良いと思う.