孤独と再度出会うことについて

孤独がまたやってきた.とはいえ自分の交流の下手さから出てきた孤独ではなく,やっていく中で必然的に現れてくる孤独である.

社会人と博士課程の二足のわらじを始めて一年になる.ここ1年は協調に重点を置いていた年だった.

会社においては基本的に人とできるだけ共同作業を少なくしようと思っていたが,一昨年に一年共同作業を回してみて割りといけるということがわかった.そして,ある意味それに安心してしまったのか,人と信頼しあってやっていけるのではないかという直観からもう一年回したのだが,プロジェクトが悪化するにつれてそのような希望的観測は外れ,最終的に休職することになった.今月から復職する.その中で,ある種自身のことは自身で完全に持っておき,人に触れさせないように守っていくということの重要さを改めて実感した.そうでないと,人は人のことを都合よく捉えてしまう.

一方で,大学院は徒弟制であり,コミュニティである.特に私のいる専攻は院生同士の交流を保つ仕組みが手厚い.その中でより多くの知識を吸収し,かつ私の交流の下手さが問題にならないように交流を良くするよう務めてきた.しかしながら,本質的に物事を進めていくためには,自分自身が考えを持ち,それを伝えるための強固な概念と構造を持っていなければならない.逆に,それがないと研究者同士の協働は成立しないのだ.その第一歩を踏み出したとしたら,孤独な領域を一定程度持っていなければならない.特に,私は博士課程を出たら野生の研究者として一人でやっていくだろう身である.なので,博士課程を出る段階でそれはできていなければならない.

まあそんな経緯から,少なくとも今年は孤独を増やしていこうと考えている.Webでのオープンなコラボレーションの進化は,明らかに互いに孤独な人間の協働の仕組みの進化である.そして,それを先導してきたのはソフトウェア開発と学術研究である.そこまでわかっていれば,孤独というのは必然的に選ぶ選択肢になる.かくして私は孤独と再度出会った.