理系コンプレックスと呼んでいるものについて

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この記事の内容には totally agree で,文系理系という言葉を使って立ち位置を決めようとすると,現代の学際化した環境ではグッチョングッチョンになります.

ずっと前から「理系コンプレックス」と呼んでいるものがある.2007年に情報通信工学からコミュニケーション研究に転じて以来,「いつか俺は実力の面で理系の奴らに遜色がないということを見せつけてやる」と思い続けて学際的分野で成果を出そうと虎視眈々と機会を伺っている.

元々,東工大附属電子科→電通大情報通信工学科と5年間コンピュータをやってきた.コンピュータというか数理情報科学全般に関心があり,特に割と古典的なテーマであるにも関わらず今も若い学生を惹きつける複雑系分野に関心を持っていた.そのうち人間関係の複雑ネットワークに関心を持ち,さらに社会学やメディア研究に少しずつはまっていったが,基本的にはコンピュータ科学分野でやっていこうと考えていた.

それが狂い始めたのが,学部2年での母の死である.父親は既に離婚していたため,両親がいなくなった格好となった.母に妙な依存を受けていたあまり良くない家庭だったため,私はそれをきっかけに徐々に弱っていった.最終的にうつ状態になり,成績はガタッと落ちていった.

情報通信工学科には学部3年次に「情報通信工学実験」というものがあった.情報工学科や情報科学科なら「演習」となることもあるが,通信が混ざっているので実験である.その実験は毎月レポートを課され,提出できなかったら即留年というものであった.

そして私はレポートを書けなかった.レポート受け取り期限が過ぎるのを家の時計をぼーっと見ながら待ち,酒を浴びるほど飲んでからよし文転しようと決意した.学科を変えるのは制度上2年でしかできなかったので,編入学である.同じ大学の方が基礎科目は共通しているし単位認定の観点から良いだろう.学科は文理融合の人間コミュニケーション学科にする.ついでに金はないので夜間にする.試験は1ヶ月後,がむしゃらに勉強し,試験に望んだ.その年の夜間の合格者は全学科合計で私一人だった.

それ以来,文理融合の環境の中で「俺は文系でやっていく」という固い意志を元に文系の単位のみを取り(「システム工学」は数式バリバリだったな),実験では仕方なく工学系のこともやり,情報社会論で卒論を書いて卒業した.その割にはヒューマンコンピュータインタラクション分野の友人が多く,彼らのやっていることや言っていることを理解するリテラシーもあった.

修士では社会学(エスノメソドロジー)の研究室に入ったが,そこは工学との連携をしている先進的な研究室だった.しかし私の圧倒的な社交性のなさと立ち回りの下手さから共同研究などはせず,しかし似たようなことはしたいので,結局理工学研究科の単位を取り(複雑ネットワークについては学部でさんざんやったので楽勝だった),自分でコードを書き,主は社会学として複合現実感技術のある環境の中での社会的相互行為の研究を進めた.修了直前に情報処理学会の「インタラクション2011」に学会発表の草稿を出したが,当日体調が悪くサボってしまった.アア俺は発表できなかったなとベッドで黄昏れていたら,大きな揺れが襲いかかってきた.

その後いろいろありGISベンチャーでエンジニアになり,4年目になった.

最近,エンジニアをやりながら博士課程に進学した.コンピュータ支援共同作業というヒューマンコンピュータインタラクションの一分野で,もっぱら知識実践の社会学的研究をしている.ついでに論理学からプログラミング言語論につなげることもこっそりやっている.さて学会発表のチャンスがやってきた.図書館情報学とコンピュータ科学の2つ候補があり,どちらでも出したかったのだが,調子を崩してしまい片方に絞ることを考えている.だとしたら,コンピュータ科学の方をやりたいと思ってしまった自分がいる.

私が「文転」を宣言して,社会学を主な専攻としてからも,ヒューマンコンピュータインタラクションという学際的分野に執着し,形式科学としてのコンピュータ科学をこっそり学んでいるのは,それが面白いからというのもあるが,社会学などの「文系の」方法でコンピュータ科学の「理系の」方法と対等に戦える分野だからだ.しかし,それで戦ってどうするのか.当時の情報通信工学科の同期については,もはや「見返してやる」という段階ではない.そもそも皆が博士課程に行ったわけではないし,ある人は就職し,ある人は結婚し,ある人は中退し,ある人は消えた.その多様な進路から考えれば実験で単位を落として社会学を始めたことなどたいしたことではない.あるのは曖昧で独りよがりなコンプレックスだ.

実はそこには文系と理系の違いすらないんじゃないか.まあそれはそうだ.それゆえ,「理系コンプレックス」も原理上は存在しない.文系vs理系ではなく,実際にあるのは工学系の大学を一回ドロップアウトしたというコンプレックスだ.しかし,しばらくはこのままで良いかと思っている.分野に関わらず相手をよく知り,自分を際立てるポイントを見つける手段としては,この程度のコンプレックスを持っておいて損はない.