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変わらなさについて

 一昨年から昨年にかけて実家の様々なことがあって,一緒に住んでいた祖母や一時期常に遊んでいた友人,高円寺で何度も組んだ人生の先輩,私の研究を支援してくれた教授が亡くなったのを見てきた中で,明日どうなるかわからないという状況に長く置かれて感じたのは,むしろここまでのことがあっても自分のこういうクソな部分は変わらないのか,ということだった.

 列挙しても意味が無いので適当に述べると,俺はどこか人に伝える際に的を外しているようで,何か意見を言ったりプランを立てても人とかみあわない.また,感情がどうしても抑えられない時は爆発してしまう.こだわる部分には異常にネチネチこだわる.そして,相変わらず研究の本を読んで概念をこねくり回している.そういう悪癖は少しずつ治していくしかないのかなと思っていた.

 そういった部分をもはや私は積極的に認めていくことにした.例えば戦争で前に自分を殺そうとしている人間がいたとしても,これらが吹っ飛んでしまうことはなさそうだからだ.だから,昨年の後半からは物を言う際に比較的遠慮しなくなったし,感情はしきい値を超えたら爆発させるし,研究もちゃんと始めることにした.そうしたら割りとウウーと悩んでいる時間が減ってきた.

 別に自由に生きようとか解放されたとかそういうことはなくて,一種の諦めであるし,なおかつこれで何か良くなったこともあるだろうし俺の悪い部分を見て去っていった人もいるだろう.だが,これがどうやっても変わらない特徴だとしたら,そのままでやっていったほうが恐らく最終的には良い.まあそんな感じでやっていこうと思う.

 あと,自分の良い部分は1つもなかった.