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まずいことの兆候の取り扱いについて

 情報の基本的な考え方の一つとして,ある出来事A,B,... が起これば出来事Xが起こるという,予測の観点がある.例えばA,B,Cが起こればほぼ必然的に起こるXがかなりまずいことで,既にA,Bが起きていることを知っているとしよう.この段階ではXが起こるのは可能性にすぎない.

 この際,A,Bが起こっていることと,さらにCが起こって結果としてXが起こったらまずいということを共有しても,危機感や課題の解決につながることはほぼない.なぜなら,A,Bは個別では大きな問題ではないのと,Xは「起こらないだろう」というバイアスがよく働くためである.

 私がいろいろやってきた歴史はそういうことの積み重ねである.まずいかもしれないと思いながら,人に説明してもまずさが伝わらない.その結果,A,Bが起こっても人に伝えるのが怖くなってしまった.Xが起きて,始めて大変なことになる.その際他の人達は,突然Xが起きたように感じてしまう.

 特にそれが自分個人のタスクだった場合は,自分がまずい状況になりうることを人に共有できず(それ自体がまずい状況なのだが),実際にまずくなった時には一気に多大な迷惑をかけることになる.ここでA,Bがだいぶ前から起きていたことを告げても,後出しジャンケンに過ぎない.他の人を見ていると,突然Xが起こってあたふたする場合が多いが,私の場合過程まで知っているのでやるせない.どうすればいいんだ.