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雇われた側から見たスタートアップのCTOについて

CTO募集とかフルスタックエンジニア募集とか都合の良いこと言っちゃだめ - UNIX的なアレ

を見て、懐かしいと思ったので書く。2011年の今頃まで海外のスタートアップでCTOをやっていた(この話、時効でいいですよね…I can treat this fact only as a past...)。当時は日本ではCTOの募集などもなく、その珍しい名に惹かれて行ったのだ。修士を出てやることがなかったからというのもある。給料は当面はゼロとのことだが、貯金もあるしそのうち出るだろうと思っていた。最初の2週間については既に

俺の海外スタートアップのCTOの2週間 - 趣味の工作

 において書いたので、それを参照されたい。その後のことだが、職域としてはCTOではなくいわゆるiOSエンジニアをやっていた。その頃は今とは違いARCなどがなかったので(本物はそういう言い訳をしてはいけない)、バグが非常に多く出た。一方で、これは駄目だこれは駄目だとUIの仕様がガンガン変わっていく。それをInterface Builderに落としこんでいく作業。そして「いつできるんですか」というプレッシャーの中で過ごしていた。

 普通の会社のCTOとスタートアップのCTOは全く違う。開発についてすら自由も裁量もなかった。ただ与えられたことをこなすしかできなかった。CEOは顔が広く、「実際に手は貸せないが、助言ならする」元エンジニアの知り合いが多かった。彼らは、10年前の開発パラダイムを助言した。俺はアジャイルを提案した。誰もそれを認めなかった。Pivotal Tracker は Google Spreadsheet の課題管理表になり、「リファクタリングなど認めぬ、とにかく実装しろ」とのこと。コードは汚くなり、収拾がつかなくなった。

 俺が辞めるまで、社は基本的にVCからの資金獲得を目指してやっていた。しかし、VCの方々の顔を見ることはなかった。CEOの「VCが認める認めない」の基準はあいまいだった。その中で、延々と空中戦を繰り広げていたのだ。それが5月まで続いた。辞めたいと思ったことは何度もあった。その度に「別の人を探してきてください」と言われた。給料は出なかった。

 俺は何もできなくなり、にもかかわらずミーティングで「OK」と言っていた。完全にだめである。そして、俺が何もしていない事実は徐々に知られつつあった。別のエンジニア(凄い)が来たタイミングで、俺は渋谷でMacbook Airを返し、社を去った。

実際何が悪かったのさ

 俺に技術力がなかったのは確かだが、それでも落とし所はあったはずだ。それをCEOと対等にマネージするくらいの権限はCTOに欲しかった。CEOは凄まじい交渉能力を持っていた。しかし、一人では会社は動かないと思った。あと給料を出すと良いと思う。

CTOで学んだこと

 こんだけ追い込まれてiOS開発をした分、スマートフォンアプリ開発は継続して仕事になっている。本業、フリーランス案件共に、またエンジニアだけでなく講師もやったりした。その最初のとっかかりになったのは、このCTO経験だということは否定出来ない。今の俺は当時に比べたらましになったものだ。